がん 2026.07.30
家で医療を受けながら、自分らしく過ごすという選択

目次
このコラムの紹介
がんを抱えながら家で過ごすことは「治療をあきらめる」「何もしない」という意味ではありません。病院での治療や検査を受けながら、生活の場で必要な医療や介護を整え、住み慣れた場所でその人らしく過ごす選択肢があります。このページでは、在宅緩和ケアでできること、病院との使い分け、相談のタイミングをお伝えします。
家で過ごすことは、医療から離れることではありません
がんの治療が続く中で、「本当は家で過ごしたいけれど、家では何かあった時が怖い」「病院に通院しないと見放されるのではないか」と感じる方は少なくありません。ご家族も、「家で苦しんだらどうしよう」「自分たちだけで看られるのだろうか」と不安になると思います。
在宅緩和ケアは、病院から切り離される医療ではありません。病院で行うべき治療や検査は病院で行いながら、家で起こる痛み、息苦しさ、食事の困りごと、不安、介護の負担を、生活の場で支えていく医療です。
自宅で過ごすことは、「治療を諦める」「何もしない」という意味ではありません。医療や介護の力を借りながら、住み慣れた場所で、患者さんが「患者さんらしく」ではなく、「自分らしく」過ごすための選択肢のひとつです。
在宅緩和ケアは、不安を具体的な備えに変えていく医療です
在宅療養の相談を受ける時、患者さんやご家族からは、たくさんの不安が語られます。痛みが強くなったらどうするのか。息が苦しくなったら救急車を呼ぶべきなのか。食べられなくなった時、点滴をした方がよいのか。夜中に具合が悪くなったら誰に連絡すればよいのか。仕事や育児をしながら介護を続けられるのか。
こうした不安は、とても自然なものです。初めての在宅療養で、最初から自信を持てるご家族はほとんどいません。だからこそ、在宅緩和ケアでは「家で頑張れるか」を精神論で決めるのではなく、どの症状にどう備えるか、どの場面で連絡するか、どの時点で病院を考えるかを、事前に具体的に整理していきます。
家で過ごすことを選んだからといって、最初から最期まで家で過ごすと決めなければいけないわけではありません。体調や気持ち、ご家族の状況は変わります。その時々で、病院、施設、自宅のどこが一番無理が少ないのかを考え直してよいのです。
訪問診療では、生活の場で診療します
訪問診療とは、ひとりでの通院が難しい患者さんのご自宅や施設に、医師が定期的に訪問して診療を行う仕組みです。がんの患者さんの場合、抗がん剤治療や放射線治療を病院で続けながら、日々の症状や生活上の困りごとを訪問診療で支えることもあります。
病院の診察室では、どうしても検査結果や治療方針の話が中心になりやすいものです。一方、生活の場に伺うと、薬が飲めているか、食事や排泄で困っていないか、寝る場所や動線に無理がないか、ご家族がどのくらい疲れているかが見えやすくなります。病気に関すること以外の、患者さんの人生や大切にしていることも知ることができます。
「痛み止めは出ているけれど、実際には怖くて飲めていない」「夜になると不安が強くなる」「食べられない本人を前に、家族が何を作ればよいかわからない」。こうした困りごとは、生活の中で初めて見えてくることがあります。訪問診療では、診察だけでなく、生活全体を見ながら支援を考えます。
在宅緩和ケアでできること
在宅緩和ケアでは、がんに伴う苦痛を和らげ、生活を支えることを重視します。痛みに対しては、痛み止めや医療用麻薬、貼り薬、注射薬などを、痛みの種類や副作用を見ながら調整します。痛みが和らぐことで、眠れる、食べられる、少し体を起こせる、ご家族と話せる時間が戻ることがあります。
息苦しさ、吐き気、食欲不振、便秘、不眠、不安、せん妄などに対しても、薬の調整や生活環境の工夫で対応できることがあります。食事がとれなくなってきた時には、無理に食べさせることが本人の苦痛になっていないか、点滴をすることで楽になるのか、かえってむくみや痰が増えてつらくならないかを一緒に考えます。
病状が進んだ時には、痛みや息苦しさを和らげるための注射薬や持続投与、夜間の症状変化への備え、看取りが近づいた時の変化についての説明なども行います。どこまでの医療を家で行うかは、患者さんの病状、希望、ご家族の状況、地域の支援体制を見ながら判断します。
家での療養は、ひとりで抱えるものではありません
在宅緩和ケアは、医師だけで完結するものではありません。訪問看護師は日々の体調変化や処置、生活の中での困りごとを支え、薬剤師は薬の管理や飲み方を整え、ケアマネジャーは介護サービスや福祉用具を調整します。それぞれの役割がつながることで、患者さんとご家族が家で過ごしやすくなります。
大切なのは、関わる人が増えることそのものではなく、患者さんとご家族が同じ説明を何度も繰り返さずに済み、必要な時に必要な支援へつながれることです。痛みが強くなった時、薬が飲めなくなった時、介護が急に大変になった時に、誰に何を相談するかが決まっているだけで、不安は少し小さくなります。
支援を入れることは、家族の力が足りないという意味ではありません。患者さんを大切に思うからこそ、家族だけで抱え込まない形を整えることが大切です。
「家か病院か」を最初から決めきらなくて大丈夫です
在宅でできることは多くありますが、すべてを家で完結させることが目的ではありません。詳しい画像検査、内視鏡による処置、手術、放射線治療、緊急性の高い処置などは、病院での対応が必要になることがあります。
大切なのは、「家か病院か」を一度決めたら変えられないものとして考えないことです。症状が落ち着いている時は家で過ごし、検査や治療が必要な時は病院を利用する。急な悪化があれば入院を検討し、また家に帰れる状態になれば退院する。病院と在宅は、どちらか一方を選ぶものではなく、患者さんの状態に合わせて使い分けるものです。
医師や看護師が常に家にいるわけではないため、体調が変わった時には、電話で状態を確認しながら対応を考えることになります。だからこそ、どの症状で連絡するか、家でできる対応は何か、どの場面で救急受診や入院を検討するかを、あらかじめ話し合っておくことが不安を小さくします。
訪問診療は、通院や生活が大変になる少し前から
訪問診療や在宅緩和ケアは、通院が完全にできなくなってから初めて導入するものではありません。通院のたびに疲れ切ってしまう、外来で聞きたいことを聞ききれない、治療後の副作用が家でつらい、退院後の生活が不安、今後どこで過ごすかを考えたい。そうした段階から相談してよいものです。
早めに相談することで、今すぐ訪問診療を始める必要があるのか、病院の治療を続けながら準備をしておく段階なのか、介護保険の申請や生活環境の調整を先に進める方がよいのかを整理しやすくなります。
「在宅看取りを希望する」と決めていなくても、相談して構いません。むしろ、元気が少し残っているうちに話しておくことで、ご本人の希望を聞きやすくなります。食べたいもの、会いたい人、避けたい治療、家族に伝えておきたいこと。そうした言葉は、病状が進んでからでは聞けないこともあります。
ご家族も、支えられる側です
在宅療養では、ご家族も大きな役割を担います。けれど、ご家族がすべてを背負う必要はありません。患者さんを大切に思うほど、「自分が頑張らなければ」「弱音を吐いてはいけない」と思いやすくなりますが、ご家族が疲れ切ってしまうと、患者さんを支えることも難しくなります。
夜間の不安、介護の限界、仕事や育児との両立、看取りへの怖さ、本人にどう声をかければよいかわからない気持ち。どれも、相談してよいことです。
「家で看たい」という思いと、「本当にできるか不安」という思いは、同時にあってよいものです。どちらかを否定する必要はありません。その揺れも含めて、患者さんとご家族にとって無理の少ない形を一緒に考えていきます。
家での時間を、病気だけの時間にしないために
在宅緩和ケアの目的は、ただ家にいることではありません。痛みや苦しさを和らげながら、患者さんが大切にしてきた時間を少しでも取り戻すことです。
好きな椅子に座る。いつもの布団で眠る。家族の気配を感じる。ペットのそばにいる。食べられる量は少なくても、好きなものを一口味わう。病気の話をしない時間を持つ。そうした小さな日常は、患者さんにとって大きな支えになることがあります。
病状が進むと、できることは少しずつ変わっていきます。それでも、選べることが何もなくなるわけではありません。何を優先するか、何を避けたいか、誰と過ごしたいか。医療は、その選択を支えるためにあります。
むすび在宅クリニックで相談できること
むすび在宅クリニックでは、がんの患者さんがご自宅や施設で過ごす時間を支えるために、訪問診療を行っています。私たちが重視しているのは、病気だけを見るのではなく、その方がどういう方で、何を大切にしていて、どのように過ごしたいのかを伺うことです。
診療では、痛みや息苦しさなどの症状への対応、薬の使い方、介護環境、療養場所の選択、病院との使い分け、ご家族の不安についてご相談いただけます。必要な支援が途切れないよう、関係する医療・介護の方々とも情報を共有しながら、その時々に必要な形を整えていきます。
当院で定期訪問を行っている患者さんについては、体調が急に変わった時の往診や、病状に関する相談に対応できる体制を整えています。夜間や休日の過ごし方に不安がある場合も、定期訪問の中で連絡の目安やご自宅でできる対応を確認していきます。
病気があっても、人生のすべてが病気になるわけではありません。治療を頑張る時間も、休む時間も、泣く時間も、笑う時間も、その人のかけがえのない時間です。がんと診断された後の在宅療養、退院後の生活、療養場所の選び方、在宅緩和ケアについて迷われている方は、ご相談ください。
執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳