がん 2026.07.30
がんと診断された時から、治療と生活を一緒に支える医療

目次
このコラムの紹介
がんと診断された時、治療のことだけで頭がいっぱいになる方は少なくありません。緩和ケアは、治療をあきらめるためのものではなく、痛みや吐き気、不安、生活の困りごとを和らげながら、その人らしく過ごす時間を守るための医療です。このページでは、がんの緩和ケアをいつから考えるべきか、何を相談できるのかを整理します。
がんと診断された直後は、心が追いつかなくて当然です
がんと診断された時、たとえ早期のがんであっても、多くの方は強い不安を感じます。進行がん、再発、転移という言葉を聞いた時には、頭の中が真っ白になり、説明を聞いているのに内容が入ってこないこともあります。診断された時のショックも癒えないまま、検査や通院など病気に関する予定でいっぱいになり、聞き慣れない言葉に頭も心もついていかず、地に足がつかないまま日々が進んでしまうこともあります。
そんな落ち着かない日々の中でも、「なんとか治したい」「少しでも長く生きたい」「今までの生活を取り戻したい」と思うのは、ごく自然なことです。検査や通院に追われるのも苦しい一方で、治療開始までに時間がかかると、何も進んでいないように感じてもどかしくなることもあります。新しい情報が次々に出てくる中で、理解が追いつかなくなることもあります。
標準治療の副作用や合併症の説明を聞くと怖くなり、「ステージ4でも治る」「副作用なく治療できる」といった言葉に惹かれてしまうこともあるかもしれません。そう感じること自体を、責める必要はありません。怖い時、人は少しでも希望のある言葉を探します。ただ、大きな決断をする時ほど、ひとりで抱え込まないでください。主治医にもう一度説明を聞く、がん相談支援センターに相談する、信頼できるご家族や友人に同席してもらう、必要であればセカンドオピニオンを利用する。そうした手順を踏むことで、焦る気持ちだけで決めるのではなく、後から振り返った時にも納得しやすい選択に近づけることがあります。
治療方針を考える時に、大切にしてほしい視点
がん治療では、手術、薬物療法、放射線治療、緩和ケアなど、複数の選択肢が示されることがあります。どの治療を選ぶかは、病気の状態だけでなく、体力、年齢、持病、仕事や家族の状況、そしてご本人が何を大切にしたいかによって変わります。複数の選択肢を示されても、それぞれのメリットやデメリット、治療後の自分の生活が想像できず、選べない状況に陥ることもあると思います。
治療方針を考える前に、まず考えてほしいことがあります。「がんになった今、それでも譲れないもの、大切にしたいこと、自分の人生で成し遂げたいことは何か」ということです。これは、治療をあきらめるための問いではありません。むしろ、治療を選ぶ時に、自分を置き去りにしないための問いです。
できるだけ長く生きたい。子どもの成長を見たい。仕事を続けたい。家で過ごしたい。痛みだけは我慢したくない。家族に迷惑をかけたくない。旅行に行きたい。最期まで自分で決めたい。最期まで家族と一緒にいたい。どの願いも、その方にとって大切なことです。
その軸が少しでも見えていると、治療方針に迷う時の支えになります。また、主治医に大切にしたいことを伝えることで、治療の提案や副作用への備え方も、その方の生活に合わせたものになります。医師と患者さんが、病気だけでなく価値観も共有できることは、医療の質を変える大切な要素です。
緩和ケアは、終末期だけの医療ではありません
緩和ケアという言葉に、「もう治療ができなくなった時に受けるもの」「最期が近い人の医療」という印象を持つ方は少なくありません。けれど本来、緩和ケアはがんと診断された時から、治療と並行して受けることができます。
抗がん剤を続けながら痛み止めを調整する。通院治療を受けながら吐き気や食欲不振を相談する。放射線治療を受けながら、眠れないことや不安を相談する。病院で治療を受けながら、家での生活やご家族の負担について話し合う。こうした関わり方は、緩和ケアの大切な役割です。
病気を小さくする治療と、今の苦痛を和らげる医療は、対立するものではありません。痛みや吐き気、不眠、不安が少し整うだけで、治療の説明を落ち着いて聞けるようになったり、食べる力や眠る力が戻ったり、ご家族と話す余裕が生まれたりすることがあります。緩和ケアは、治療を受ける人の生活を支える医療です。
緩和ケアで相談してよいこと
緩和ケアで相談できる内容は、痛みだけではありません。体の症状、気持ちのつらさ、生活や仕事、ご家族の不安まで、幅広く相談してよいものです。
痛み、吐き気、食欲不振、便秘、息苦しさ、不眠、だるさ、せん妄などの体の症状は、我慢せずに伝えてください。症状が軽いうちの方が、薬の調整や生活の工夫がしやすいことがあります。
気持ちのつらさも、相談してよいことです。病状説明を聞いた後の混乱、再発や転移への恐怖、「治らないならもういい」と投げやりになる気持ち、夜になると不安が強くなること。こうした反応は、弱さではありません。病気という大きな出来事に心が反応している状態です。
仕事や育児、介護、お金のことも、医療と切り離せない問題です。通院のせいで生活が崩れてしまう。治療がいつまで続くかわからず、先が見えない。お金が尽きたら、家族が疲れ切ったら、ひとりになったらどうすればいいのか。そうした不安も、患者さんの苦痛の一部です。
患者さんが「これは医師に言うことではないのでは」と選別する必要はありません。医師だけで解決できない問題でも、看護師、薬剤師、ケアマネジャー、医療ソーシャルワーカー、がん相談支援センターなどにつなげられることがあります。困っていることを、遠慮なく言葉にしてください。
ご家族に言えない気持ちも、症状を我慢してしまう気持ちも
患者さんの中には、「家族が心配するから病気のことを詳しく伝えられない」「弱音を吐くと家族がつらくなるから、症状を我慢してしまう」という方がいます。反対にご家族も、「本人の前で泣いてはいけない」「励まさなければいけない」と思い、ひとりで不安を抱えていることがあります。
お互いを大切に思うからこそ、本音が言えなくなることがあります。けれど、痛みや不安を隠したまま頑張り続けると、患者さんもご家族も疲れ切ってしまいます。すべてを一度に話す必要はありません。「今日はここまで話す」「これは医療者を交えて話す」でも構いません。
緩和ケアでは、ご本人の希望だけでなく、ご家族の不安や介護の限界も一緒に考えます。患者さんを大切にすることと、ご家族が倒れないようにすることは、どちらも同じくらい大切です。
がんの種類によって、困りごとは変わります
がんとひとことで言っても、病気の進み方や困りごとは大きく異なります。同じ「緩和ケア」でも、それぞれのがんによって、早めに気をつけたい症状や支援の内容が変わります。
例えば、膵臓がんでは、痛み、食欲低下、黄疸、腹水、体力低下が比較的急に進むことがあります。症状が強くなってから慌てるのではなく、痛み止めや食事、生活支援を早めに整えることが大切です。
乳がんでは、治療期間が長くなる中で、骨転移の痛み、リンパ浮腫、外見の変化、再発への不安と長く付き合うことがあります。治療が続くからこそ、生活や気持ちを支える視点が必要になります。
頭頸部がんでは、食べること、話すこと、息をすることに関わるつらさが出ることがあります。栄養、口腔ケア、コミュニケーションの支援も大切です。
肺がんでは息苦しさや咳、消化器がんでは食べることや排泄に関する問題が生じやすくなります。それぞれ、薬の調整だけでなく、生活の仕方を工夫することが症状緩和に役立ちます。
大切なのは、「この病名だからこうなる」と決めつけることではありません。今起きていること、これから起こりやすいこと、ご本人が避けたいことを早めに共有し、症状が強くなる前に備えておくことです。
医療用麻薬は「最後の薬」ではありません
緩和ケアの中で、特に不安を持たれやすいのが医療用麻薬です。「麻薬」という言葉から、依存するのではないか、寿命が縮むのではないか、使い始めたら終わりなのではないかと感じる方もいます。
しかし、がんの痛みに対して医師の管理のもとで使う医療用麻薬は、痛みを和らげ、眠れる、食べられる、動ける時間を取り戻すための薬です。もちろん、眠気、便秘、吐き気などの副作用が出ることはあります。そのため、薬の種類や量、使うタイミングを確認しながら、その方に合う使い方を一緒に探していきます。
痛みが強いままだと、体力だけでなく気持ちも消耗します。痛みを我慢することが、治療を頑張ることではありません。つらさを和らげることは、今を大切にするための医療です。
病人らしく過ごさなくていい
治療が始まると、検査結果、薬の副作用、次の治療方針など、病気のことを考える時間が増えていきます。その中で、「がん患者らしくいなければいけない」「無理をしてはいけない」「前向きでいなければいけない」と感じてしまう方もいます。
けれど、病気が見つかっても、その方がその方であることは変わりません。食べる、眠る、休む、少し外の空気を吸う、好きな音楽を聴く、家族と何気ない話をする。ほんの短い時間でも、病気から意識を離せる時間は、心を支える力になります。
緩和ケアは、病気を見ないふりをするためのものではありません。現実を一緒に見ながら、それでも病気に人生のすべてを明け渡さないための支えです。
早めに相談することの意味
痛みや吐き気、だるさ、不眠、不安は、我慢しても必ず良くなるわけではありません。むしろ、軽いうちに相談することで、薬の調整や生活の工夫がしやすくなることがあります。
「昨日の夜から背中が痛い」「食べると気持ち悪くなる」「夜になると不安が強くなる」「薬を飲むと少し楽になる」。完璧な記録でなくて構いません。感じていることをそのまま伝えることが、対策を考える第一歩になります。
緩和ケアを希望したからといって、すぐに治療をやめなければならないわけではありません。治療を続けながら、つらさを和らげ、今後の選択肢を増やしておくこともできます。
むすび在宅クリニックで相談できること
むすび在宅クリニックでは、がんの患者さんとご家族が、できるだけその人らしい時間を過ごせるよう支援したいと考えています。
病状や治療方針を確認しながら、痛みやつらさへの対応、今後の療養場所、病院との連携、ご家族の負担について一緒に整理します。必要に応じて、訪問看護師、薬剤師、ケアマネジャー、病院の主治医とも情報を共有し、その時々に必要な支援につなげていきます。
緩和ケアは、最後の選択肢ではありません。治療を頑張る時間も、休む時間も、迷う時間も、ご家族と過ごす時間も、その人の大切な人生の一部です。がんと診断された後の過ごし方、治療との向き合い方、つらさへの対応について迷われている方は、早すぎると思わずにご相談ください。
執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳