コラム 2026.09.25
がんの治療中止と早期緩和ケア介入に関する研究の紹介

目次
このコラムの紹介
多くの患者さんが抗がん治療を受けることによって寿命が延びると思われているでしょうが、終末期においても同じことが言えるでしょうか。また、早期から緩和ケアを受けることにはどんな効果があるでしょうか。他にも、緩和ケア介入が救急外来受診の頻度に影響するかや、医師とのコミュニケーション評価と治療目的の理解の関連について調べた研究を取り上げます。研究結果を治療中止を推奨する根拠として一方的に用いるのではなく、患者さんと医療者が治療の有効性を対等な立場で話し合うための材料にすることが、このコラムの目的です。
はじめに
「がん薬物療法をやめると、命が短くなるのではないか」「緩和ケアを受けるのは、治療を諦めることではないか」と感じるのは、自然なことです。ここでは、治療を中止することや早期から緩和ケアを受けることが、生活の質、生存期間、救急受診、治療の受け方にどう関係したかを調べた研究を紹介します。
研究は、目の前の一人の患者さんの答えを直接決めるものではありません。対象となったがんや治療法、医療制度、研究方法によって、結果の意味や当てはまり方は異なります。ここでは、迷いの中で考えを整理するための材料として、さまざまな研究を紹介します。研究結果だけで答えを決めるのではなく、ご自身が大切にしたいことを主治医と話し合うためにお役立てください。
※研究は個々の患者さんの予後を示すものではありません。個別の治療判断は主治医・緩和ケアチームとご相談ください。
研究1 早期緩和ケアを併用した肺がんの無作為化比較試験
参考文献:Temel JS, et al. N Engl J Med. 2010;363:733-742. Early Palliative Care for Patients with Metastatic Non-Small-Cell Lung Cancer
Greer JA, et al. J Clin Oncol. 2012;30:394-400. Effect of Early Palliative Care on Chemotherapy Use and End-of-Life Care
対象・方法
米国マサチューセッツ総合病院で、新たに診断された転移性非小細胞肺がん患者151人を、通常のがん治療に早期緩和ケアを併用する群と、通常治療のみの群に無作為に分けました。早期緩和ケア群は、登録後3週間以内から緩和ケア医・看護師の診療を受けました。
主な結果
12週時点の生活の質は早期緩和ケア群で高く、抑うつ症状は16%対38%と少なくなりました。死亡前14日以内の化学療法など「終末期の積極的治療」も33%対54%と少ない一方、中央値でみた生存期間は11.6か月対8.9か月でした。二次解析では、早期緩和ケア群は死亡前60日以内に化学療法を受ける確率が低く、最後の点滴によるがん薬物療法から死亡までの期間も長い結果でした。
この研究から言えること
少なくともこの対象では、緩和ケアを早期から併用しても寿命が短くならず、生活の質や気分、終末期の治療の受け方が改善しました。ただし、「化学療法を中止したから生存期間が延びた」と因果関係を証明した研究ではありません。単施設・特定の肺がん患者を対象とした結果である点にも注意が必要です。
研究2 終末期に近い時期のがん薬物療法と生活の質を調べた観察研究
参考文献:Prigerson HG, et al. JAMA Oncol. 2015;1:778-784. Chemotherapy Use, Performance Status, and Quality of Life at the End of Life
対象・方法
米国6施設で、1つ以上の治療後にも進行した転移性がん患者312人を死亡まで追跡しました。研究参加時点は死亡の中央値3.8か月前で、158人ががん薬物療法を受けていました。
主な結果
がん薬物療法を受けていたことは、生存期間の延長と関連しませんでした。日常生活を比較的自立して送れていた患者では、がん薬物療法を受けていたことが、死亡前1週間の生活の質が低いことと関連していました。また、体力が低下していた患者では、がん薬物療法を受けていた群と受けていなかった群の間で、死亡前1週間の生活の質に明確な差は確認されませんでした。
この研究から言えること
亡くなる時期が近い進行がんでは、体力が保たれていても、がん薬物療法を続けることが必ずしも延命やよりよい最期の時間につながるとは限りません。ただし観察研究であり、患者ごとの病状や治療選択の違いを完全には取り除けないため、「がん薬物療法が生活の質を悪化させた」と断定はできません。
研究3 緩和ケアへの紹介を促す仕組みを調べた2025年の試験
参考文献:Parikh RB, et al. JAMA Netw Open. 2025;8:e2458576. Algorithm-Based Palliative Care in Patients With Cancer
対象・方法
米国テネシー州の地域がん診療15施設で、進行した肺がんまたは大腸がん以外の消化器がん患者562人を対象に、電子カルテを使って緩和ケア紹介を標準設定する仕組みと通常診療を比較しました。施設単位で無作為に割り付けた試験です。
主な結果
緩和ケア受診の完了率は43.9%対8.3%で、緩和ケア紹介を標準設定した群で高くなりました。24週間の追跡期間中に死亡した179人では、死亡前14日以内に全身抗がん治療を受けた割合が6.5%対16.1%と低くなりました。一方、生活の質、医療者に理解されたという感覚、死亡間近になってからのホスピス紹介には、明確な差がありませんでした。
この研究から言えること
患者さんから緩和ケアに関する希望を言い出すのを待つだけでなく、医療側が早期紹介の仕組みを整えることで、緩和ケアにつながる人が増え、死亡直前の抗がん治療が減る可能性があります。ただし、すべての患者報告アウトカムが改善したわけではありません。
研究4 早期緩和ケア介入と救急受診を調べた膵がんの研究
参考文献:Bevins J, et al. Am J Clin Oncol. 2021;44:181-186. Early Palliative Care Is Associated With Reduced Emergency Department Utilization in Pancreatic Cancer
対象・方法
米国のSEER–Medicareデータを用い、2000~2009年に膵がんと診断され、緩和ケアを少なくとも1回受けた3,166人を調べました。診断後30日以内の受診を早期緩和ケア介入と定義し、それより遅い受診と比較した観察研究です。
主な結果
28%が早期緩和ケア介入を受けていました。早期群では、調査期間中の救急外来受診回数が平均2.6回対3.0回、ICU入室回数が0.82回対0.98回と少なく、救急外来にかかる費用も低い結果でした。
この研究から言えること
早い段階で症状や今後の見通しを相談できることは、救急外来やICUの利用を減らす可能性があります。ただし、早期群と後期群の背景には違いがあり得るため、早期緩和ケア介入が直接の原因だとは断定できません。
研究5 外来緩和ケア紹介後の救急受診を調べた2025年の研究
参考文献:Jeung YS, et al. JAMA Netw Open. 2025;8:e2521101. ED Visits Among Patients With Advanced Cancer Referred to Outpatient Palliative Care
対象・方法
韓国の大学病院で、2018~2022年に外来緩和ケアへ紹介され、その後死亡した進行がん患者3,560人の診療記録を後ろ向きに調べました。紹介時期と、全期間および死亡前1か月の救急外来受診との関係を解析しました。
主な結果
全体の25.8%が救急外来を受診し、10.6%は死亡前1か月に受診していました。早い紹介は、追跡期間全体では救急受診がやや多いことと関連しましたが、死亡前1か月の救急受診は少ないことと関連しました。
この研究から言えること
緩和ケアを早く受けても、必要な救急受診がすべてなくなるわけではありません。一方、症状悪化への備えや連絡体制を早く整えることで、亡くなる直前の救急受診を減らせる可能性があります。研究は一施設の観察研究で、因果関係は証明していません。
研究6 医師とのコミュニケーション評価と治療目的の理解
参考文献:Weeks JC, et al. N Engl J Med. 2012;367:1616-1625. Patients’ Expectations about Effects of Chemotherapy for Advanced Cancer
対象・方法
米国の全国前向き観察研究で、新たに診断されたステージ4の肺がんまたは大腸がんに対して化学療法(がん薬物療法)を受け、診断4か月後に生存していた1,193人へ、治療で治る可能性の理解や医師とのコミュニケーション評価を尋ねました。
主な結果
肺がん患者の69%、大腸がん患者の81%が、化学療法によって治る可能性はないことを理解していませんでした。当時、対象となった治療は病気を治す目的ではありませんでした。また、医師とのコミュニケーションを最も高く評価した患者は、最も低く評価した患者より、治癒の可能性を不正確に理解しているオッズが1.90倍でした。
この研究から言えること
医師とのコミュニケーションを高く評価していても、治療の目的が自動的に共有されるとは限りません。「治すためか、進行を遅らせるためか」を具体的な言葉で確認する必要があります。ただし、患者によるコミュニケーション評価を用いた観察研究であり、「医師とのコミュニケーションを高く評価することが誤解を生む」と証明したものではありません。
研究7 率直な予後説明は医師との関係や心の負担に影響するのか
参考文献:Enzinger AC, et al. J Clin Oncol. 2015;33:3809-3816. Outcomes of Prognostic Disclosure
対象・方法
米国の複数施設で、1つ以上の緩和的抗がん治療後にも進行した転移性固形がん患者590人を死亡まで追跡し、予後説明の記憶、患者自身の見通し、医師との関係、悲しさや不安を調べました。
主な結果
71%は余命について知りたいと答えましたが、医師から予後説明を受けたと記憶していたのは17.6%でした。説明を記憶していた患者は、自分の余命をより現実的に見積もっていましたが、医師との関係の評価が悪くなったり、悲しさや不安が強くなったりする関連は確認されませんでした。
この研究から言えること
予後について率直に話すことは、必ずしも医師との関係を損なったり、悲しさや不安を強めたりするとは限りません。説明を一度で終わらせず、知りたい範囲を確かめながら繰り返すことが大切です。観察研究のため、説明そのものの効果を証明したわけではありません。
これらの研究から分かること
研究から言えること
・緩和ケアは、抗がん治療をやめてから始める医療ではなく、治療中から併用できます。対象によっては、生活の質や気分の改善、死亡直前の治療の減少が報告されています。
・亡くなる時期が近い進行がんでは、がん薬物療法を続けることが、生存期間の延長や死亡直前の生活の質の改善につながらない場合があります。
・緩和ケアへ早くつながることは、救急外来やICUの利用、とくに死亡直前の救急受診を減らす可能性があります。ただし、必要な救急受診までなくすことが目標ではありません。
・医師とのコミュニケーションを高く評価していても、治療の目的が正確に共有されているとは限りません。率直な予後説明を記憶していたことは、医師との関係の悪化や、悲しさ・不安の増加とは関連しませんでした。
研究からは断定できないこと
・がん薬物療法を中止すれば、誰でも生存期間が延びるとは言えません。
・早期緩和ケアを受ければ、すべてのがんで必ず長く生きられるとは言えません。
・緩和ケアを受けることで救急受診のすべてが避けられる、または避けるべきだとは言えません。
・集団の研究結果だけで、一人ひとりの治療のやめ時を決めることはできません。
研究結果を一人ひとりの選択に結びつけるには、主治医や緩和ケアチームと早めに話し合うことが大切です。
執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳