コラム 2026.09.25
がんの治療をやめてからの生活

目次
このコラムの紹介
がん治療を続けている間に、その治療をやめた後の生活を想像することは容易ではありません。一方で、治療を続けることがいつでも最善とは限りません。このコラムでは、治療を続けるか迷ったときに主治医へ確認したい質問をまとめます。さらに、痛みや息苦しさを和らげる緩和ケア、在宅医療や訪問看護、ご家族との話し合いなど、治療の目標を「人生の質の向上」へ広げるための準備を整理します。「治すこと」だけでなく、穏やかに過ごすことや大切な人と時間を過ごすことも、医療の大切な目標です。
はじめに
治療を続けるか迷ったとき、答えをすぐに決める必要はありません。治療の目的と限界を確かめ、減量、間隔の延長、休薬、別の治療への変更を考慮できる場合もあります。そして、がん薬物療法を中止しても、症状を和らげ、暮らしを支える医療は続きます。
患者さんと医療者の間で、現在の病状や治療に期待することが十分に共有されていないと、納得できる治療選択が難しくなります。この章では、理解をそろえるための具体的な方法を紹介します。
治療を見直すとき、主治医に聞いてよいこと
治療の目的や限界を尋ねることは、治療を拒否することでも、主治医を信頼していないという意味でもありません。次のような質問は、続ける場合にも、休む場合にも役立ちます。
患者さんが最も知りたいのは、「この治療が自分にどれくらいの効果をもたらすのか」ということだと思います。しかし、経験のあるがん治療医でも、一人ひとりの経過を正確に予測することはできません。研究から、腫瘍が縮む可能性、進行を抑えられる期間、症状が改善する可能性、副作用の起こりやすさなどを説明することはできます。ただし、研究結果は多くの患者さんをまとめた傾向であり、その結果がそのまま目の前の患者さんに当てはまるとは限りません。
だからこそ、患者さんが期待することと主治医が見込んでいる効果を共有し、治療の目的を繰り返し確かめながら、歩みをそろえて治療を進めることが大切です。そのために、以下のような質問が役立ちます。
・今の治療の目的は、治すこと、再発を減らすこと、延命、症状の改善のどれですか。
・私と似た状態の患者さん100人が受けた場合、意味のある効果を得られるのは何人くらいですか。
・効果が出るまで、どれくらいかかりますか。その間に予想される負担は何ですか。
・治療を続けた場合と、いったん休んだ場合の、最も良い経過・最も起こりやすい経過・最も悪い経過を教えてください。
・減量、間隔の延長、休薬、別の治療への変更はできますか。
・どのような変化があれば、この治療を中止すると決めますか。先に基準を決められますか。
・私が『自宅で過ごすこと』『食べられること』『行事に参加すること』を大切にしたい場合、先生は何を勧めますか。
・治療中の今から、緩和ケアや在宅医療に相談できますか。
答えは一度で決まるものではありません。状態や気持ちが変わったときは、同じ質問を何度してもかまいません。
治療方針を、主治医と一緒に考える
抗がん治療中、主治医は定期的に画像検査や採血などを行い、治療効果を確認します。病状を評価し、医学的に考えられる治療の選択肢を示すことは、医師の重要な役割です。一方、どの治療を選び、いつ見直すかは、期待できる効果や負担だけでなく、患者さんが大切にしたい生活も含めて、一緒に考えていく必要があります。
治療の流れが医療者中心に進み、自分の感覚よりも検査結果に人生を左右されているように感じると、疲れやストレスが積み重なることがあります。
もし、今そのような流れに疲れているのであれば、患者さんから「先が見えず不安です。次の外来や化学療法の予定だけでなく、もう少し大きな流れで、今後考えられる治療方針を教えてください」と尋ねてもかまいません。
もちろん、天気予報と同じで、直近の予測はある程度正確でも、先になればなるほど、予測は幅広く不確かなものになります。それでも、ある程度の未来が予測できると、自分の人生が自分の手元に戻ってきたような気持ちになれるかもしれません。
主治医と一緒に、たとえば、「次の画像検査まで続ける」「2回治療しても食事や歩行がさらに悪くなるなら見直す」「入院が必要な副作用が出たら中止を含めて相談する」といった基準を、治療前に決めておくと、結果が思わしくないときに、患者さんやご家族がその場でゼロから決断する負担を減らせます。
抗がん治療をやめても、医療は終わりません
がん薬物療法を中止したあとも、医療がなくなるわけではありません。むしろ、痛み、息苦しさ、吐き気、だるさ、食欲低下、便秘、不眠、不安、腹水、むくみ、せん妄などを細かく整え、人生を支える医療は続きます。
状態と目的によっては、症状を軽くする放射線治療、胸水・腹水の処置、ステント、輸血などを検討することもあります。在宅医療や訪問看護につなぎ、夜間や急変時の連絡方法、使う薬、どこで過ごしたいかを前もって相談することもできます。
がん薬物療法をやめたあとの変化は、一人ひとり異なります。だからこそ、中止を検討するときには、「これから起こりうること」と「そのときにできること」を、主治医や緩和ケアチームから具体的に聞いておくことが大切です。
「治す希望」だけに、すべての希望を託さない
治療を見直すとき、希望を捨てる必要はありません。ただ、希望の置き場所を一つにしないことが大切です。がんを治すことだけが希望になると、治療が難しくなった瞬間に、未来がすべて失われたように感じてしまいます。
「治療が効いてほしい」と願いながら、「もし効かなかったときに、どう過ごしたいか」を考えてもかまいません。治ることを願う気持ちと、治らない可能性に備えることは矛盾しません。どちらか一つに決めるのではなく、二つの可能性を持ちながら準備することも、希望の持ち方の一つです。
痛みを少なくすること、家で眠ること、食べたいものを少し口にすること、会いたい人に会うこと、家族に伝えたいことを伝えること、通院に使っていた時間を自分の時間へ戻すこと。これらも、治療と同じように具体的で、大切な目標です。
前向きになれない日があってもかまいません。希望は、明るく振る舞う義務ではありません。今日いちばん困っていることを一つ減らすことも、十分に医療の目標になります。
ご家族へ——「続けるか」より先に聞いてほしいこと
ご家族は、「少しでも長く生きてほしい」という思いから、治療を続けてほしいと願うことがあります。患者さんは、家族を悲しませたくないために、本当はつらくても「まだ治療したい」と話すことがあります。どちらも、相手を大切に思う気持ちから生まれます。
意見が分かれたときは、最初から治療の賛否を決めるのではなく、「これからの時間で何をいちばん守りたい?」「どのような状態なら治療を続けたい?」「何ができなくなったら見直したい?」と尋ねてみてください。患者さんの答えが揺れることも自然です。何度でも選び直してかまいません。
おわりに——選び直すことは、諦めることではありません
がん治療のやめ時に、誰にでも当てはまる一つの正しいタイミングはありません。治療を続けることが、その人の目標を支えている間は、続ける意味があります。効果より負担が大きくなり、守りたい生活から遠ざかるようになったときは、休むことや終えることにも意味があります。
治療をやめることは、「もう何もしない」と決めることではありません。医療の目標を、がんを小さくしたり進行を抑えたりすることだけでなく、身体の苦痛を和らげること、暮らしの質を保つこと、大切な人との時間を支えることへ広げる選択です。迷っている段階から、主治医、看護師、緩和ケアチーム、在宅医療の担当者へ相談してください。話し合いを始めること自体が、大切な治療の一部です。
※本記事は一般的な情報です。がんの種類、治療目的、遺伝子変異、治療歴、臓器機能、体力によって、続ける利益と負担は大きく異なります。がん薬物療法や併用薬を自己判断で中止せず、個別の判断は治療チームと相談してください。
執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳