コラム 2026.07.31
がんの痛みと医療用麻薬<前編>

目次
このコラムの紹介
がんの痛みが強くなると医療用麻薬が処方されることがありますが、「医療用麻薬を使うのが怖い」「依存してやめられなくなるのでは」と不安になる方は少なくありません。しかし、がんの痛みに対して医療者が効果と副作用を確認しながら適切に使用する場合、依存症を過度に心配する必要はなく、副作用にも対処法があります。痛みが軽減すると、痛みに奪われていた力や時間を、その方が大切にしたいことへ戻していくことができます。前編では、がんの痛みが起こる理由、医療者へ伝えていただきたいこと、医療用麻薬(オピオイド鎮痛薬)の働きと副作用、定時薬とレスキューの使い方をお伝えします。怖さを抱えたまま我慢せず、安心して相談するための手がかりとしてお読みください。
はじめに|痛みへの不安を一人で抱えないために
がんの患者さんやご家族から、「痛みが強くなったら、どうなってしまうのでしょうか」「医療用麻薬を使うと眠ったままになりませんか」「注射が必要なら、もう家では無理ですか」と聞かれることがあります。痛みそのものだけでなく、これから起こるかもしれない痛みへの不安も、療養生活に影響を及ぼしてしまうことがあります。
がんの治療と、痛みを和らげる緩和ケアは、どちらか一方を選ぶものではありません。治療を続けながら緩和ケア外来へ通うことも、通院が負担になってきた時に訪問診療を併用することもできます。支えてくれる医療者を増やすことは、今の主治医の治療を否定することではなく、治療や生活を続けるための選択です。痛みが軽減すると、痛みに奪われていた力や時間を、その方が大切にしたいことへ戻していくことができます。
がんの痛みには、いくつかの原因があります
「がんの痛み」といっても、原因は一つではありません。がんそのものによる痛みに、治療の影響や、体を動かしにくくなったことによる痛みが重なっている場合もあります。
がんの患者さんに起こる主な痛み
・がんそのものによる痛み:腫瘍の浸潤や周囲への圧迫、骨転移、神経障害、臓器の腫れや消化管の通過障害、腫瘍による塞栓形成など
・がん治療に伴う痛み:手術後の創部痛、抗がん剤による末梢神経障害、放射線治療による粘膜炎や皮膚炎、カテーテルなどの医療機器による不快感など
・体力や活動性の低下に伴う痛み:長く横になることによる筋肉痛、関節のこわばり、痩せて骨が当たることによる痛み、褥瘡など
・がんとは別の病気による痛み:変形性関節症、慢性的な腰痛、帯状疱疹後神経痛など
同じ場所が痛くても、原因によって有効な治療は異なります。痛みが強くなった時には、薬を増やすことだけを考えるのではなく、まず「何が痛みを起こしているのか」を確認することが大切です。
痛みが生活へどんな影響を及ぼしているかも伝えてください
画像検査や血液検査から分かることは多くありますが、痛みの強さや、その痛みのために何ができなくなっているかは、検査だけでは分かりません。患者さんが感じていることと、ご家族が見ている変化が、治療を考えるための大切な情報になります。
診察で教えていただきたいこと
・どこが痛むか。1か所か、複数の場所か
・重い、締め付ける、刺す、電気が走る、焼けるようなど、どのような痛みか
・ずっと続くのか、急に強くなるのか。動作、咳、食事、排便などのきっかけがあるか
・0を「痛みなし」、10を「想像できる最も強い痛み」とすると、どのくらいか
・薬を使って何分後に、どの程度楽になり、どのくらい効果が続いたか
・眠る、食べる、歩く、会話するなど、生活の何が難しくなっているか
うまく説明しようとしなくて大丈夫です。「いつもと違う」「夜だけつらい」「この動作が怖い」「薬を飲んでも変わらない」という言葉からも、医療者と一緒に痛みを整理できます。痛みを伝えることは、弱音でも、治療の邪魔でもありません。
強い痛みが続くと、眠れない、食べられない、動けない状態が重なり、体力が落ちやすくなります。不安や緊張によって、痛みに敏感になることもあります。また、これまでと違う痛みには、病的骨折、脊髄への圧迫、腸閉塞など、早めの対応が必要な変化が隠れている場合があります。
痛みが和らぐことで、食事や睡眠をとりやすくなり、体力を維持することができます。また、起き上がりや歩行、入浴などの日常生活動作もしやすくなります。家族との会話や好きなことをする意欲が湧き、これからのことについて落ち着いて考えることができやすくなる場合もあります。痛みのせいで中断していた治療を再開できることもあります。
「まだ耐えられる」という段階で伝えていただくことは、決して大げさではありません。痛みが強くなりすぎる前の方が、生活への影響を小さくしながら調整できることがあります。
医療用麻薬(オピオイド鎮痛薬)は、痛みの伝わり方を弱める薬です
モルヒネ、オキシコドン、ヒドロモルフォン、フェンタニルなどは、医療用麻薬に指定されたオピオイド鎮痛薬です。医療現場では、まとめて「オピオイド」あるいは「強オピオイド」と呼ぶこともあります。慢性疼痛に対して使用されるトラマドールや鎮咳作用のあるコデインもオピオイド鎮痛薬に分類されますが、これらは「弱オピオイド」と呼ばれます。がんの痛みに使うこともありますが、ここでは、がん疼痛の薬物療法で用いられる強オピオイドを中心に説明します。
痛みの情報は、神経を通って脊髄や脳へ伝わります。これらの薬は、脳や脊髄などにある「オピオイド受容体」に作用し、痛みの信号が伝わるのを弱めます。
医療用麻薬は、がんそのものを小さくする薬ではありませんが、痛みを和らげ、生活や治療を続けやすくするための薬です。「最期だから使う薬」ではなく、がんの治療中であっても、痛みの強さや性質に応じて使用します。
薬の名前に「麻薬」とついているため怖く感じるのは自然なことです。怖さを抱えたまま我慢するのではなく、何が心配なのかを医師や薬剤師へ伝え、効果と副作用を確認しながら使っていきましょう。
「依存」「耐性」「副作用」が心配な方へ
依存症になりませんか?
依存症とは、薬を使いたいという強い欲求が続き、健康や生活に不利益があっても薬の使用を自分でコントロールできなくなる状態です。依存にはドパミンが関わっています。痛みのない方が医療用麻薬を使用すると、脳内で多量のドパミンが放出され、陶酔感や興奮をもたらします。しかし、痛みがある状態ではドパミンの過剰放出は起きないことが研究でわかっています。そのため、がんの痛みを和らげる目的で、医療者が痛みと副作用を確認しながら必要量を調整して使用する場合は、依存症を過度に恐れて必要な鎮痛を避ける必要はありません。ただし、自己判断で量や回数を増減せず、使い方に迷う時は確認してください。
身体依存と依存症(精神依存)は同じではありません
薬を続けることで、体が薬のある状態に慣れる「身体依存」は起こることがあります。急に中止すると、発汗、落ち着かなさ、下痢などの離脱症状が出る場合があるため、減量や中止は医療者と相談して行います。これは、薬を求める行動を自分で制御できなくなる依存症とは異なります。
耐性がついて、効かなくなりませんか?
同じ量で得られる効果が弱くなる「耐性」が生じることはあります。ただし、痛みが強くなった原因がすべて耐性とは限りません。病気の変化、新しい種類の痛み、内服薬の吸収低下、薬の使い方などを確認し、必要に応じて増量や薬の変更を考えます。
副作用には対処法があります
代表的な副作用は、便秘、吐き気、眠気です。便秘は続きやすいため、医療用麻薬を始める時から下剤を組み合わせることがあります。吐き気や眠気は開始直後や増量時に出やすく、経過とともに軽くなることもありますが、つらい時には制吐薬の追加、投与量の調整、薬の変更などを行います。
適切に少量から調整していれば、重い呼吸抑制はまれです。ただし、呼びかけても目を覚ましにくい、呼吸が明らかに浅い・遅いといった変化がある時は、薬の影響だけでなく、感染症、脱水、腎機能の変化、病状の進行なども含めて早めの確認が必要です。
痛みを我慢するか、副作用を我慢するかの二択ではありません。効果と副作用の両方を見ながら、その方が続けやすい方法を探していきます。
定時薬とレスキューで、痛みの波を整えます
がんの痛みには、ある程度一定して続く「持続痛」と、普段は落ち着いていても一時的に強くなる「突出痛」があります。持続痛を抑える定時薬と、突出痛に追加するレスキューを組み合わせて、痛みの波を整えます。
定時薬:痛みが強くなる前から、土台を整える薬
決められた時間に使用し、痛みを抑えた状態を保つための薬です。痛みが落ち着いている時も、自己判断で間隔を空けたり中止したりせず、変更は医療者と相談します。
レスキュー:一時的に強くなった痛みに追加する薬
レスキューは「限界まで我慢した時の最後の薬」ではありません。説明された範囲で、痛みが強くなった時に使います。起き上がる、着替える、入浴する、車に乗るなど、痛みが出る場面を予測できる時には、薬が効き始める時間を考えて事前に使うこともあります。これを予防レスキューと言います。
レスキューを使った時は、簡単な記録が調整の手がかりになります
・使った時刻と、使用前の痛みの強さ
・痛みが強くなったきっかけ
・何分後に、どの程度楽になったか
・効果がどのくらい続いたか
・眠気、吐き気などの副作用
回数だけでなく、「効くまでに時間がかかる」「効いている時間が短い」といった変化も教えてください。定時薬の量や、レスキューの種類を見直す手がかりになります。完璧に記録する必要はありません。時刻と一言だけでも、十分に役立ちます。
療養・看病ノートの記載例。時刻、痛みの強さ、レスキュー使用後の変化を記録しておくと、次の薬の調整に役立ちます。
療養・看病ノートの印刷をしたい方はこちら
前編のまとめ|痛みを我慢しないために
痛みを伝えることも、レスキューを使うことも、弱さではありません。痛みが少し和らぐことで、眠ること、食べること、家族と話すことに使える時間が戻ってくることがあります。薬を怖がって我慢するのではなく、「何が心配か」「何をできるようにしたいか」を医療者へ伝えてください。
後編では、飲み薬・貼り薬・注射薬などの使い分けと、自宅で使える持続注射についてお伝えします。飲めなくなった時にも、痛みを和らげる方法はあります。
執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳