コラム 2026.08.21
終末期の鎮静とは?―安楽死との違いと在宅でできること

目次
このコラムの紹介
終末期の患者さんから「最期は眠らせてほしい」と言われると、ご家族は「眠らせると命が短くなるのでは」「もう話せなくなるのでは」と迷われることがあります。苦痛緩和のための鎮静は、死を起こすためではなく、ほかの方法では十分に和らげられない苦痛を軽減するための医療です。この記事では、普通の眠りや安楽死との違い、鎮静を検討する条件、在宅での方法と薬剤、始める前にご家族と話しておきたいことを整理します。
はじめに
患者さんから、「最期は眠らせてほしい」「苦しまないようにしてほしい」と言われることがあります。ご家族も、患者さんに苦しまず楽に過ごしてほしいと願う一方、いざ鎮静を始めるかどうかの段階になると、「眠らせると命が短くなるのだろうか」「一度眠ったら、もう食べたり、話したりできなくなるのだろうか」と迷われることも多いです。
病気そのものを治したり、死を遠ざけたりすることができない段階でも、苦痛を和らげ、安心して過ごせる時間を支えることはできます。治せなくても、せめて苦しいままにはしない。それが、私が緩和ケアで大切にしていることです。
死が避けられないことと、苦痛を我慢しなければならないことは同じではありません。終末期の医療には、死を早めるのではなく、最期まで苦痛を和らげ、その人らしさを守るためにできることがあります。その1つが終末期の鎮静です。ただし、「眠れるようにすること」「深く眠った状態を保つこと」「命を終わらせること」は同じではありません。鎮静は、希望があれば自動的に行う処置でも、終末期になれば全員に行う処置でもありません。医療者が目指すのは「死」ではなく、ほかの方法では和らげられない「今の苦痛」を軽くすることです。
終末期の鎮静は、普通の「眠り」とどう違うのでしょうか
普通の睡眠は、体に備わった自然な眠りです。睡眠の深さには波があり、声かけや刺激で目を覚ますことができます。一方、鎮静は、苦痛を和らげるために鎮静薬を使い、意識のはっきりした程度を医療的に下げることです。
鎮静の深さは一律ではありません。少量の薬でうとうとしながら会話できる方もいれば、苦痛を和らげるために深い鎮静が必要となり、呼びかけても目を覚まさない状態が続く方もいます。薬を中止すれば再び目を覚ますことを目指す「間欠的鎮静」もありますが、病状の進行が重なるため、必ず意識が戻ると約束できるものではありません。
「眠らせてほしい」という言葉だけでは、自然な睡眠、短時間の鎮静、持続的な深い鎮静のどれを指すのか分かりません。患者さんが望んでいるのは、夜に休めることなのか、強い苦痛から一時的に離れることなのか、それとも最期まで意識を下げることなのかを、具体的に確認することが重要です。
終末期の鎮静と安楽死・尊厳死の違い
終末期の鎮静、安楽死、尊厳死はいずれも終末期の苦痛や尊厳に関わる言葉ですが、医療者が何を目的とし、何を行い、患者さんが何によって最期を迎えるのかが異なります。
鎮静と安楽死は、どちらも「苦痛から解放してほしい」という願いを背景に検討されるため、近く見えるかもしれません。しかし、鎮静は意識を低下させることで苦痛を和らげる医療であり、安楽死は死を直接もたらすことで苦痛を終わらせる行為です。医療者が目指す結果が異なります。
終末期の鎮静には、どのような方法があるのでしょうか
日本緩和医療学会は、苦痛緩和のための鎮静を「治療抵抗性の苦痛を緩和することを目的として、鎮静薬を投与すること」と定義しています。治療抵抗性の苦痛とは、その方が実際に利用できる緩和ケアを十分に行っても、満足できる程度まで和らげることが難しい苦痛です。
終末期だからという理由だけで、すぐに深く眠った状態にするわけではありません。鎮静には、薬の使い方と意識への影響に応じて、主に次の三つの方法があります。
間欠的鎮静:一定時間だけ鎮静薬を使った後に中止し、意識が低下しない時間を確保しようとする方法です。夜間に休めるようにする、短時間休んだ後にもう一度会話できる時間をつくる、といった目的で行います。
調節型鎮静:苦痛の強さに応じて少量から鎮静薬を調整し、持続的に投与する方法です。意識を下げること自体ではなく、苦痛が和らいだかを見ながら必要な量を決めます。
持続的深い鎮静:中止する時期をあらかじめ定めず、深い鎮静状態となるよう薬を調整して持続的に投与する方法です。調節型鎮静では苦痛が和らがないと見込まれる場合に検討します。
原則として、意識への影響ができるだけ少ない方法から考えます。深い鎮静を予定して始めた場合でも、調整の途中で十分に苦痛が和らげば、より浅い鎮静に変更できないかを検討します。
また、モルヒネなどの医療用麻薬は、痛みや呼吸困難を和らげるための薬です。眠らせることを目的に、むやみに増量する薬ではありません。鎮静が必要な場合には、ミダゾラムなどの鎮静薬を用い、苦痛と意識の状態を確認しながら調整します。
鎮静を行う前に確認すること
鎮静は「本人が希望したから、すぐに行う」という医療ではありません。特に鎮静薬を持続的に使う場合には、次の点を丁寧に検討します。
苦痛が耐えがたく、治療抵抗性であるか:痛み、呼吸困難、せん妄などの原因を見直し、薬の調整、処置、環境調整など、現実的に利用できる方法を十分に検討します。鎮静以外で苦痛を和らげられるのであれば、まずその方法を優先します。
鎮静が苦痛に対して相応の方法か:苦痛の強さ、ほかの方法で和らぐ可能性、予測される生命予後、会話できなくなる不利益を比較します。
医療者の意図が苦痛の緩和にあるか:生命を短くするためではなく、苦痛を和らげるために必要な薬を必要な範囲で使います。
患者さん本人の意思、または推定される意思があるか:意思決定できる場合は本人に説明して希望を確認します。確認できない場合は、以前の言葉や価値観をもとに、ご家族などと「本人ならどう考えるか」を検討します。
医療チームで検討し、開始後も評価を続けられるか:一人の医師だけで決めず、看護師などを含むチームで目的と判断の根拠を共有します。開始後も苦痛、意識、有害事象、患者さん・ご家族の希望の変化を確認します。
特に持続的深い鎮静は、死期が数日に迫り、強い身体的苦痛があり、調節型鎮静では和らげることが難しいと見込まれるときに検討されることが一般的です。精神的・実存的な苦痛も大切に扱う必要がありますが、それだけを理由に深い鎮静を続けることは、抑うつやせん妄、孤独、社会的な負担など、変えられる要因を見落とすおそれがあるため、より慎重に検討します。
鎮静は命を短くするのでしょうか
ご家族が最も心配されることの一つです。鎮静を受けた方と受けなかった方を比べた観察研究では、適切に行われた鎮静によって生命予後が一貫して短くなるという結果は示されていません。一方で、終末期の患者さんを鎮静の有無に無作為に分ける研究はできないため、「命にまったく影響しない」と言い切ることもできません。
日本緩和医療学会の手引きでは、持続的に鎮静薬を投与すること自体で生命予後を極端に短くすることはないと考えられています。ただし、生命予後が比較的長い方に持続的な深い鎮静を行うなど、影響が考えられる状況では、その可能性も含めて説明します。
大切なのは、死を早めることを意図せず、苦痛が和らぐために必要な量を用い、状態を見ながら調整することです。水分や栄養の補給、酸素、点滴などを続けるかどうかは、鎮静とは分けて、患者さんの利益と負担、希望を踏まえて一つずつ考えます。
在宅で鎮静を行う方法と薬剤
病状と支援体制が整えば、在宅でも鎮静を行うことは可能です。どの薬をどのように使うかは、苦痛の内容、必要な鎮静の深さ、会話できる時間を残したいか、注射や医療機器を使用できるかなどを踏まえて決めます。
在宅で使用することのある主な薬剤
ミダゾラム(ドルミカム)注射薬:内視鏡検査や手術・処置時の鎮静などにも使われる薬です。在宅では、一回の皮下注射で一時的な鎮静を得る方法や、携帯型の機器を用いて持続的に皮下投与し、苦痛に合わせて量を調整する方法があります。持続して使うと効き方が変わることがあるため、反応を確認しながら調整します。
フェノバルビタール坐剤(ワコビタール)・ブロマゼパム坐剤:比較的長く、深い鎮静が得られることが多い薬剤です。注射針や携帯型の機器を体につけずに使える点が利点です。一方、坐剤の挿入後は薬を取り出すことは難しいため、効果の強さを細かく調整しにくい点が注意点です。
これらは終末期の鎮静だけのために作られた薬ではありません。鎮静の目的や投与経路によっては、添付文書に記載された承認内容とは異なる使い方(適応外使用と言います)になる場合があります。期待される効果と起こりうる不利益を説明したうえで、鎮静の経験がある医師が使用します。
鎮静の深さを確認する「RASS(ラス)」とは
鎮静薬を使用するときは、薬の量だけでなく、患者さんがどの程度目を覚ましているか、呼びかけや刺激にどのように反応するかを繰り返し確認します。その目安の一つが、RASS(Richmond Agitation-Sedation Scale:リッチモンド興奮・鎮静スケール)です。
RASSは、0を「意識がはっきりして落ち着いている状態」とし、プラス(+1〜+4)は落ち着きのなさや興奮の程度、マイナス(−1〜−5)は眠りの深さを表します。

RASSは、点数が低いほどよい、あるいは鎮静薬を増やすべきという尺度ではありません。調節型鎮静では、意識の深さそのものではなく「苦痛が十分に和らいでいるか」を目標にし、苦痛が和らげば、それ以上眠りを深くしないよう薬の量を調整します。一方、持続的深い鎮静では、RASS−4以下を治療目標の目安とすることがあります。実際には、RASSに加えて、苦痛の程度、呼吸や循環の状態、患者さんの希望を総合して判断します。
参考:日本緩和医療学会『がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2023年版』資料3「緩和ケア用RASS日本語版」をもとに、患者さん・ご家族向けに表現を整理。
開始後も、医療者が状態を確認します
鎮静薬は、効き方が強すぎると呼吸がゆっくりになる、血圧が下がるなどの影響が起こりえます。一方、鎮静を考える時期には病気そのものによる呼吸や循環の変化も起こりやすく、鎮静後の変化が自然な経過か、対処の必要なものかをご家族だけで判断するのは難しいものです。
医師や訪問看護師が、苦痛の程度、意識の深さ、呼吸や循環への影響を確認しながら薬を調整します。ご家族だけに薬の判断を委ねることはせず、どのような変化が起こりうるか、困ったときにどこへ連絡するか、夜間・休日にどう対応するかを事前に共有します。安全に行う訪問体制を確保できない場合や症状の変化が大きい場合には、入院を含めて療養場所を見直します。
鎮静を始めても、医療やケアが終わるわけではありません。痛みや呼吸困難に対する治療、口腔ケア、体位調整、排泄のケア、褥瘡の予防、穏やかに過ごせる環境づくりを続けます。
ご家族に知っておいていただきたいこと
治療を尽くしても苦悶の表情が続いていた患者さんが、鎮静によって表情が和らぎ、穏やかに休んでいるように見えることがあります。その姿を見て、ご家族がようやく安心して手を握り、そばで過ごせるようになることもあります。
一方で、鎮静はご家族にとって常に負担の少ない選択とは限りません。深い鎮静の後は、もう一度目を開けて話すことができないまま最期を迎える可能性があります。「最後にもっと話したかった」「自分たちが眠らせることを選び、命を縮めたのではないか」と感じる方もいます。
時間が許せば、鎮静の前に、会っておきたい方、伝えておきたい言葉、聞きたい音楽、しておきたいことがないかを確認します。ご家族に鎮静を決める責任を背負っていただくのではなく、本人が何を大切にしてきたのかを教えていただきます。医学的な判断と治療方針の責任は、医療チームが担います。
おわりに―「眠らせてほしい」を、早めの対話のきっかけに
「最期は眠らせてほしい」という希望は、今すぐの処置を決める言葉ではありません。「何が一番怖いのか」「どこで、誰と、どのように過ごしたいのか」「苦痛を和らげることと、会話できることのどちらをどの程度大切にしたいのか」を話すきっかけにできます。
あらかじめ「必ず鎮静を行います」と約束することはできません。しかし、苦痛が強くなったときに、その苦痛を置き去りにせず、利用できる方法を一緒に探し続けることはできます。鎮静が必要になったときにも、患者さんとご家族だけに判断を背負わせることはありません。鎮静を選ぶことは、死を選ぶことではありません。最期まで一人で苦しまないための医療を、一緒に考えていきます。
参考資料
日本緩和医療学会「がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き(2023年版)」:
https://www.jspm.ne.jp/publication/guidelines/individual.html?entry_id=1391
厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」:
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02783.html
※本稿は2026年7月31日時点の情報に基づきます。日本緩和医療学会の2023年版手引きは、治癒を見込めない成人がん患者を主な対象としています。非がん疾患では病状や標準的な緩和治療が異なるため、個別の判断が必要です。鎮静の適応や薬剤の選択は、病状と本人の希望を踏まえて医療・ケアチームで検討します。
執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳