コラム 2023.10.17
家族に頼らない終活 2章−最期まで自分らしく−
ご自身が老いたり、亡くなったりすることを考えるのを快く思う方はいらっしゃらないと思いますが、この世に生まれた以上、老いと死は避けては通れない問題です。それに備えて終活をしておくかどうかで、最期まで自分らしさを貫けるかどうかが決まってきます。ここではどうすればできるだけ家族に負担をかけず、自分の人生を最期まで自分らしいものにできるのかをお伝えします。2章では「最期の時間を過ごす場所のこと」と「お金のこと」で何をどう決めておいたら良いかについてご説明します。
決めること② 最期の時間を過ごす場所のこと
厚生労働省の「人口動態統計」によると、ここ数年の死亡場所としては、医療機関が約70%、自宅が約14%、介護施設が約14%となっています。しかしながら、令和4年度の「人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査」によると、一般国民を対象にした「回復の見込みのない状態で徐々にあるいは急に死に至る場合に最期をどこで迎えたいか」という質問では、医療機関が約42%、自宅が約44%、介護施設が約10%でした。「認知症の場合には」「苦痛がある場合には」と別の状況での質問もありますので、安易には言えませんが、それらの質問でも自宅を希望される方は、実際に自宅で亡くなっている14%という割合を上回っていますので、現実よりも多くの方が自宅を希望されているということになります。
なぜ、希望と現実に乖離があるのでしょうか?
それに関する回答は厚生労働省の調査からは得られませんが、医師としての立場から推するに、前もって準備ができておらず急変時に在宅での対応ができなかったから、または、家族等が本人の在宅看取りの希望を知らなかったから、あるいは、ぎりぎりの状態になって患者さん本人の気持ちが変わったから、などの理由があるかと思います。また、悲しいことですが、実際の現場では、患者さん本人は自宅を希望していても、ご家族の希望と相違があったり、認知症などで近隣住民へ迷惑をかけてしまっていたり、介護保険で賄いきれないくらいの介護が必要であったり、がんなどによる苦痛が取りきれなかったりするために、施設入居や入院を余儀なくされることはよくあります。
しかしながら、だからといって理想の終の住処について考えないわけにはいきません。住む場所はそのひとの人生を、過ごし方を、最期の時を過ごす人間関係を大きく変えます。
誰にとっても、どんな状態になってもベストな住まいはありません。必ずしもお家が良いわけではありません。
おひとり暮らしの場合、在宅療養では、どんなに医療・介護サービスを入れたとしても病院や施設等と比べてひとりで過ごす時間が長いため、転倒・孤独死などのリスクがあったり、ひとりでいることへの不安感があったりします。また、持ち家であれば、建物の老朽化や段差、高齢者に適さない間取りなどといったことが問題になることがあり、亡くなった後に誰に相続するかという悩みも生じます。賃貸であれば高齢になってからの更新や住み替えが可能か、亡くなった後の退去手続きを誰に頼むのかということも考えなければなりません。
ご家族と同居されている場合にはまた別の問題が発生します。例えば、子どもが2人いてそのうち1人と持ち家に同居している場合、不動産の相続をどうするかは悩みの種です。他には、同居家族がいる場合にはヘルパーに清掃や買い物は依頼できず、洗濯や調理もその患者さんの分だけしかやってもらえないというルールがあり、それもよく問題になります。また、ご家族が不在中にキーボックスなどでヘルパーや看護師が入室してケアにあたることがありますが、不在時に家屋への立ち入りを快く思わないご家族もいるでしょう。
施設入居の場合、入居金などの金銭的な負担があることや、他の入居者と馬が合うかということが問題になり、さらに施設によって対応可能な介護度・医療依存度が異なりますので、元気なうちは大丈夫でも最期まで過ごすことは難しかったり、逆に、他の方との身体状況が違いすぎて物足りなさを感じたりすることもあります。
なかなか自分の希望通りにはいかない世の中ではありますが、それでもできるだけ希望に沿った終の住処を見つけるためには、まず、ご自身が自宅と集団生活のどちらが合っているのかを考えてください。それを軸に、「資金繰り」と「心身の状態」を合わせて、総合的に判断する必要があります。
頑なに自宅一択だと思わずに、色々な施設を見学に行かれるのもお勧めです。お試し入居ができるところも多くあります。有料老人ホームの他にも、グループホーム、サービス付き高齢者住宅、高齢者向けマンションなど様々な形態の施設があり、それぞれ費用も雰囲気も異なります。まず、ケアマネジャーさんや地域包括ケアセンター、主治医などに相談し、施設の種類を絞っていくのが良いかと思います。改めてですが、まだ病気でない方もご覧いただいていましたら、自分事としても考えて早めに見学などしていただければ幸いです。
また、いずれの場所で過ごすにせよ、いらないものは捨て、整理整頓していくことは必須です。荷物が多いと施設入居の際にも困りますし、自宅で過ごすにしても大事な書類が見つからなかったり、転倒するリスクが上がったりしてしまいます。家が広ければたくさんの物を所有しても良いという訳ではなく、遺された誰かがその処分で途方に暮れることになりますから、いつか使うと思って何年も開封していないものはご自身で生前整理しましょう。
ちなみに、自宅で亡くなったら警察を呼ばれるのではないか、不動産の資産価値が下がったり、賃貸であれば心理的瑕疵物件になって大家さんに迷惑をかけたりするのではないかと心配される方もいらっしゃるかもしれません。元気だった方の突然死で何日も発見されない場合や、事故死、他殺などの場合にはそうなりますが、訪問診療が定期的に入っている状況で、それまで加療していた病気や怪我が原因で亡くなった場合には、訪問診療を行なっている主治医が死亡診断書を作成することができます。老衰、持病による病死など、いわゆる自然死で、腐敗等が発生する前に発見された場合には告知義務はないことが国土交通省の「宅建建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(令和3年10月)にも明記されています。
決めること③ お金のこと
2019年に金融庁が公表した報告書「高齢社会における資産形成・管理」の中で、夫が65歳以上、妻が60歳以上の高齢夫婦無職世帯をモデル世帯とした場合、30年間で不足する生活費は約2000万円に上ると試算され、世間を賑わせました。実際にはライフスタイルや家族構成、基礎疾患にもよりますから、2000万円で足りる方も足りない方もいると思いますが、老後にお金がかかることは事実です。医師として関わっていて、金銭的な問題でデイサービスに行けなかったり、医療費削減のために必要な頻度の訪問診療ができなかったりするケースもあります。医療・介護チームやご家族をはじめとする関係者でその方にとって最適な道を探しますが、お金があるかないかで選択肢の幅が大きく変わるのを目の当たりにすると、苦い気持ちになります。日本は国民皆保険制度や高額医療費制度などのおかげで、なんとか平等な医療が受けられるように配慮されていますが、介護にかかる費用は自己負担が大きく、介護休暇の取得率を見てもわかるように、介護をするひとのための支援はまだまだ不足しています。
さて、お金のことで終活においてやっておかなければならないことは、下記の5つです。
- 老後に備えて貯蓄し、必要なら生命保険に加入するなど、もしもの時の備えをすること
- 財産目録を作ること
- 自分でお金の管理ができなくなった時に誰に任せるかを決めて、契約しておくこと
- 死後事務にかかるお金を別に用意しておくこと
- 遺産相続について決め、遺言書を作成しておくこと
財産目録や遺言書の作成は巨額の資産のある方だけがするものだと思われるかもしれませんが、全ての方に必要なことです。最近はネット口座や仮想通貨をお持ちの方も多く、投資信託などの有価証券に関する情報もペーパーレス化が進んでいますから、家中を探しても通帳や残高報告書を見つけられず、その方の資産がどれくらいあるのかわからないこともあります。認知症になると、自分でも忘れてしまいます。自立しているうちに、エンディングノートなどに財産目録を作成しておきましょう。
遺言書に関しては、公正証書遺言、秘密証書遺言、自筆証書遺言の3種類があり、それぞれにメリット・デメリットがありますが、専門的な話になるため、ここでは割愛します。遺言書は遺産の分配に関する内容を書くもので、死後直後の希望、例えば葬儀に誰を呼びたいかなどはエンディングノートに記してください。
そして、お金に関して一番重要な項目が、自分でお金の管理ができなくなった時に誰に任せるかを決めて契約しておくことです。家族がいれば、家族が代理で医療費などの支払いをしたり、預金を引き出したり、保険会社と交渉したりすることができます。しかしながら、家族と疎遠な場合や天涯孤独の場合、患者さん本人以外は患者さんの預金に一切手が出せません。医療費や介護費などの支払いが滞り、必要な物品を購入できず、入院・転院や施設入所もできず、どうにもならない状態になります。本人が完全に意識消失していれば行政が介入して成年後見人制度をつける手続きに進みますが、多少でも理解力が残っている場合が非常に厄介です。
繰り返しになりますが、家族に頼らずに人生の最終段階を過ごしたいと思われている方は、お金と命に関する決定を誰に任せるかを、自分の判断能力がしっかりしているうちに決めて、契約しておくことが重要です。この契約に関しては、⑤委任契約・任意後見契約・死後事務委任契約の項に後述します。お金に関して、自分以外の人に委ねる、あるいはいずれ委ねる契約をすることはとても勇気がいることだと思います。しかしながら、施設に入るにも、介護サービスを受けるにも、ご自身のために必要なものを購入するにもお金がかかり、その時になって周囲の人に負担をかけ、結果として自分の希望とかけ離れたお金の使い方をされるより、信頼できるひととお金の使い道をしっかり明記した契約を交わして任せる方が、ご自身の希望を叶えることにつながります。
最後に、死後事務にかかるお金を別に用意しておくことについて説明します。
亡くなった瞬間にそのひとの財産は、そのひとのものではなく、法定相続人のものになります。銀行口座は凍結され、相続人が手続きしなければ引き出せません。そこで、相続人と死後の事務を委託したひとが別であった場合、双方の間でトラブルが起きてしまう恐れがあります。そのため、葬儀、遺品処理、各種手続きなどの死後事務を相続人以外に委任する場合は、そのことを予め相続人に伝えておき、死後事務を委託したひとに預託金を渡したり、第三者受け取りの生命保険を利用したりするなどの方法が必要です。
執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳