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体験談 2025.04.25

体験談vol.14 武井三津江さんの長女さん<後編>

話をする女性

・患者さんの病名:直腸がん
・患者さんの年齢:87歳
・闘病期間:発症から現在まで1年7ヵ月
・訪問診療を受けている期間:1年5ヶ月
・家族構成:長女さん、お孫さん(大学生)と3人暮らし。お孫さん(オペラ歌手)が近隣在住
・インタビューに答えてくださる方:長女さん(60代、パート職)
・インタビューの時期:訪問診療開始から1年5ヶ月後

直腸がんの手術の後、家に帰るまでの経緯を教えてください。

入院して大腸がんの手術をした後、母は急に食事が取れなくなり、衰弱が進みました。私がお見舞いに行っても、知らないひとを見るような虚ろな表情で、視線も合わず、ほとんど喋らず、明らかに変だと思いました。病院では食事を食べさせようといろいろな食形態に変えたり、それでも食べられない時には栄養補助食品のゼリーやジュースを出してくれたりしてくれましたが、母には食べる意欲が全くないようで、自分ではスプーンを持とうともしませんでした。本当は、介助で食べさせるなど口から食べさせる努力を病院でもっとして欲しかったのですが、病棟の看護師さんも忙しいから、そこまでお願いすることはできませんでした。口から食べられないので胃管を入れられましたが、不快だったのか引っこ抜いてしまい、ミトンという手を使えないようにする拘束具をつけられてしまいました。

どんどん衰弱していって、ほとんど寝たきりに近いような状態になり、病院の主治医や看護師さんからは「家に帰れる状態ではないから、転院先を探しましょう」と言われました。私は「よくなるために手術を受けて、手術は成功したのに、家に帰れなくなるなんて納得できない」と思い、病院に無理に頼み込んで2泊3日家に連れ帰ってみたところ、驚いたことに家ではバクバクご飯を食べ、普通のやり取りができ、目に光が出てきて正気の母に戻りました。家で家族と一緒だったらこんなに違うんですね。母が食べている姿を見たときは涙が出ました。栄養失調でフラフラしていたので、歩くときにはサークルウォーカー(歩行車)が必要でしたが、それでも私の介助で歩くことができました。そんな母の様子を見て「絶対に家に連れて帰ろう」と決心しました。ケアマネジャーさんにその思いを伝えたところ、「訪問診療をしてもらえるクリニックを探します。私が全部手配しますから、お家に帰りましょう」と言ってくれました。あの時のケアマネジャーさんの言葉には本当に救われました。
退院日には、ケアマネジャーさん、香西先生、訪問看護ステーションの看護師さん、デイサービスの管理者さん、福祉用具貸与の業者さんが勢揃いしていて、こんなにたくさんのひとが関わってくれるのだと驚きました。私ひとりではとても母を家に連れて帰ることはできなかったと思います。

いま母は食欲が落ちてきていますが、それでも、好きなものやお菓子ならバクバク食べます。時間のあるときは家族で外食にも行きます。食事って、栄養補給のためだけじゃなく、家族の団欒として大事な時間なんですよね。
話をする女性

仕事と介護をどのように両立していますか?

介護と仕事の両立が大変と聞きますが、私はそこまで大変だと感じたことはありません。母は認知症と診断されてからもう6年近く同じデイサービスに通っています。初めは週1日だったのが、だんだん増えて、いまでは週4.5日になっています。デイサービスに行くことで生活のリズムが整うし、母が元気になって帰ってくるのです。家の外でひとと触れ合うことはいい刺激なんでしょうね。デイサービスの職員さんが連絡ノートでその日にあったことをとても細やかに報告してくれるし、がんと診断され、人工肛門や膀胱留置カテーテルがついてからも、それまでと同じように受け入れてくれているのが、本当にありがたいです。

私は大学の食堂でパートタイムで働いていて、8時30分くらいにデイサービスに送り出してから出勤し、15時くらいまでには家に帰ってきます。職場で同僚や学生と話すことはいい気分転換になっています。同じように介護をしている同僚も多く、理解のある職場なので、母の体調が悪いときなどはお休みをいただいています。

自分のことをする時間もちゃんとあります。学生食堂は長期休暇の間は休みだし、仕事はシフト制だから随時休みが取れます。母がデイサービスから帰って来るまでの間に家事もやらなきゃいけないけれど、ゆっくりしている日もあります。母をショートステイに預けて娘のコンサートや旅行に出かけることもあるし、娘に母の面倒をみてもらって友達とお茶しに行くときもあります。介護をひとに任せることを悪いと思ってしまったらしんどくなってしまうのかもしれませんが、私はそれがうまくできるタイプだから、あんまりストレスは溜め込みません。

話を聞く女性

いまの生活で困っていることはありますか?

母は咳が出たり、浮腫が悪化したりと、いろいろな体の不調が頻繁に起きます。それに、1、2ヶ月に1回は尿路感染や胆管炎を起こして急に熱を出すので、そのときにはとても心配になります。そういう体調の変化は困り事ではありますが、そういうときにも香西先生や看護師さんに連絡したら素早く対処法を教えてくれたり、緊急訪問してくれたりするので、安心です。

何もトラブルが起きていないときでも、訪問看護師さんは週1回状況確認に来てくれます。電話するかどうか迷うような些細なことも、そのときに相談できるのでありがたいです。訪問時に尿の色が濁っていたり、母の活気がなかったりすると、すぐに先生に連絡してくれます。香西先生は母の体調に合わせて月2から4回くらい訪問してくれています。尿路感染の治療期間とショートステイの入所期間が重なったときにはショートステイ先に連日抗菌薬の点滴に行ってくれました。在宅介護をするにあたり、24時間相談できる存在がいるって本当に大きいです。家で病人や老人を介護していたら何も起きないなんてことはありえないのだから、トラブルが起きたときに家でどれだけのことができるか、どれだけ支援体制があるかが、在宅介護をやれるかどうかの分岐点だと思います。

話をする女性

三津江さんは通院と訪問診療を併用していますが、メリットはありますか?

病院の医師と訪問診療の医師では役割が違うし、病院と家でできることも違うので、両方のいいとこ採りができるのはとてもありがたいです。
病院は待ち時間が長く半日がかりなので、受診のたびに母はへとへとになってしまいます。また、外来の診察では母はシャキッとして元気そうに振る舞うので、普段の様子をみてもらわないと、わからないところもあるんじゃないかなと思います。現在は通院の頻度は3ヶ月に1回で、その時にCTと採血でがんの進み具合を確認してもらっています。CTや採血などのデータは病院からクリニックに送られて、Wチェックしてくれます。病院で検査結果を聞いてもその場で理解できないこともあるので、聞き逃したことを訪問診療の際に質問できるのもありがたいです。また、病院とは違う観点で評価してくれるのもいいですね。病院では病気の進み具合や予後、それで治療方針がどう変わるかを教えてくれるのですが、香西先生にはこれから起こり得る症状をより詳しく聞いたり、逆にこの症状は起こらなそうとかまだ心配しなくていいということも教えてもらったりして、検査結果といまの状態がよりつながってイメージできます。今後母の状態がさらに悪化してきたら、訪問診療だけに切り替えることになるのかなと思いますが、CTはいまの状態を知るために必要なので、私の介助で通院できる間は継続したいと思っています。

訪問診療の対象は「通院が困難なひと」ですが、母は家の目の前でも迷子になるくらいなのだから、もちろんひとりでの通院はできませんし、毎月通院させていたら疲れてしまって、かえって体調が悪くなるかもしれません。訪問診療と通院を併用することで、通院の頻度を減らせて、本人も家族も楽になるから、とてもいい方法なのではないかと思います。

話をする女性の手元

今後状態がさらに悪くなってきたら、どのように過ごして行きたいですか?娘さん時自身の老後に関してもお気持ちを教えてください。

退院した当初は、痛みや息苦しさが出て私が看病できない状態になったら入院かなと考えていました。でも、がんを抱えた母と一緒に過ごして、少しずつの変化を傍で一緒に経験して、熱や浮腫などの症状も乗り越えてきたら、私も肝が据わってきた気がします。漠然とした不安が消えて、こんな感じで進んでいっても、先生や看護師さんが助けてくれるんだったら、家で最期まで過ごせるんじゃないかなと思うようになりました。

直腸がんの手術を受けた直後は、肝転移の方も切除を勧められましたが、せん妄があったため一度白紙になりました。その後、母が家に帰り元気になったので、外来で主治医から再度手術の提案をされました。しかし、手術をしてまたせん妄が起きたら、今度は復活できないかもしれないと思って、入院しなければできないような治療は受けないことにしました。入院中にせん妄が起きて全くご飯食べられなくなったときはとても可哀想だったので、もう入院はさせたくないです。がんが治っても、家に帰れないような状態になったら意味がないです。治療することが全てではないと思います。

また、施設も母には合わないんじゃないかと思います。2ヶ月に1回くらい、母に数日間ショートステイで過ごしてもらっているのですが、慣れない環境だと疲れてしまうようで、帰ってくるとよく眠ります。だから、施設に入所したら、ストレスが多すぎて元気がなくなってしまうんじゃないかな。こう見えて、気を遣う神経質な母なので。母自身はもう自分でどうしたいかを決められる状態にはありませんが、きっとこの家にいたいんだろうなと思います。

私自身は、老後は高級老人ホームに入りたいと思っています。娘たちに面倒をみてもらうのは悪いし、知人が60代から高級老人ホームに入って楽しそうに過ごしているのを聞いたら、そういうのもいいかなって。母と一緒に入るのもいいかもしれませんね。

飾られた写真

編集:児玉紘一
執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳
対談日:2025年某月

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