MENU

コラム 2026.08.06

おひとり様の老後と療養<1章>

1人で暮らしている老人がベッドに座っている様子

このコラムの紹介

一人で暮らし続けたいと思っていても、病気や加齢によって、これまでできていたことが難しくなるときがあります。大切なのは、「一人だから無理」と決めることではなく、ご本人がどこで、どのように過ごしたいかを出発点に、足りない支えを一つずつ見える形にすることです。第1章では、訪問診療の対象となる方、外来との違い、ご自宅を訪ねるからこそ分かる生活状況について整理します。訪問診療を考え始めた方にも、相談を受けるご家族にも役立つ内容です。

はじめに|高齢者の一人暮らしは、特別なことではありません

厚生労働省の2025(令和7)年国民生活基礎調査では、65歳以上の方が一人で暮らす世帯は933万5千世帯でした。全国5505万8千世帯のおよそ17%、約6世帯に1世帯に当たります。また、高齢者世帯のうち、単独世帯は53.2%でした。高齢者の一人暮らしは、すでに特別な暮らし方ではありません。

一人の方が気楽でよい、人に気兼ねせず自分のペースで暮らしたい、という方もたくさんいらっしゃいます。その方が大切にしてきた人生観や暮らし方は、まず尊重されるべきです。
一方、一人暮らしでは、次のような変化や困りごとが周囲から見えにくくなることがあります。

・食事や服薬が乱れたり、体調が変化したりしても、気づかれにくいことがあります。
・転倒や急変が起きたときに、ご本人から連絡できないことがあります。
・病状説明を理解したり、入退院の手続きを一人で行ったりすることに不安があります。
・会話や外出の機会が減り、困りごとを相談する相手がいないことがあります。
・金銭や契約について一人で判断する場面が増え、詐欺などの被害にも気づきにくいことがあります。

一人暮らしそのものを問題として扱う必要はありません。大切なのは、ご本人が困ったときに手を差し伸べられること、暮らしの変化を見過ごさない仕組みを地域の中につくることです。それをご本人の努力だけに任せないことが、在宅療養の第一歩になります。
訪問診療は、病院やかかりつけ医、ケアマネジャー、地域包括支援センター、ご家族などからの相談をきっかけに始まることが多く、ご本人から直接相談することもできます。一人暮らしでは、制度を知らない、相談先が分からないなど、必要な情報へたどり着きにくいことがあります。まずは制度と相談先を知っていただき、必要なときに支援へつながりやすくすることも、私たちの役割です。

外来診療と訪問診療の違い

訪問診療は、病気や心身の状態、認知機能、移動手段などの理由で定期的な通院が難しい方に対し、ご本人の同意のもと、医師が計画的にご自宅へ伺う医療です。同居するご家族がいたり、診察に立ち会えたりすれば、普段の様子や変化を補っていただけることがあります。しかし、ご家族の同居や立ち会いは必須ではありません。ご家族がいないことは「お断りする理由」ではなく、必要な支援を考えるための大切な情報です。一人暮らしの方や、身寄りのない方も訪問診療の対象になり得ます。

実際に開始できるかは、病状のほか、ご本人が訪問診療を希望しているか、医療機関の訪問範囲や診療体制、ご本人が玄関を開けられるか、電話に出られるか、体調が悪いときに助けを呼べるかなど、生活全体を一緒に確認して判断します。

外来診療と訪問診療|生活状況の見え方の違い

外来診療と訪問診療|生活状況の見え方の違いの表外来と訪問診療は、どちらが優れているというものではありません。詳しい検査や専門的な評価は病院が適しています。一方、訪問診療には、ご自宅の様子から、診察室だけでは分かりにくい生活状況を知り、症状の背景を推測できる利点があります。たとえば、転倒、薬の飲み忘れ、脱水などの原因を考え、薬の管理方法や福祉用具、介護サービスを暮らしに合う形へ調整しやすくなります。
家の中を拝見するのは、片づき具合を評価したり、生活を監視したりするためではありません。普段の状態や、暮らしの中で無理が生じていないかを知るためです。訪問前に無理に部屋を整える必要はありません。

訪問診療は、24時間の見守りではありません

訪問診療では計画に沿って診察し、病状が変わったときには電話で相談を受け、必要に応じて臨時の往診を検討します。しかし、医師や看護師がご自宅に常駐するわけではありません。24時間の連絡体制があっても、24時間ずっと誰かが見守っているという意味ではありません。
一人暮らしの在宅療養で大切なのは、「訪問のない時間を、誰とどのように支えるか」を決めることです。

在宅療養の出発点|「できるか」より「どう過ごしたいか」

身の回りのことが一人では難しくなってきたときも、支援者が先に「一人暮らしを続けられるか」を決めるのではなく、まず、ご本人がこれからの時間をどこで、どのように過ごしたいのかを伺います。「ほかに行く場所がないから」「このまま頑張るしかないから」という事情だけでなく、本当はどう過ごしたいのかを一緒に考えます。
ご自宅を選ぶ場合には、起こり得ることも率直にお伝えします。たとえば、転倒して電話まで手が届かず、次に誰かが来るまで待つことがあるかもしれません。夜間に不安や苦痛が強くなっても、すぐに人が到着できない場合もあります。怖がらせるためではなく、ご本人が納得して選べるようにするための話し合いです。
それでも「家にいたい」という願いが変わらないなら、起こり得ることを共有したうえで、その願いをかなえられる方法を一緒に探します。希望は途中で変わっても構いません。

第1章のまとめ|暮らしを知ることが、支え方の出発点です

訪問診療を考えるときに大切なのは、一人暮らしかどうかだけで判断することではありません。通院が難しくなった背景、ご本人がこれからどのように過ごしたいか、訪問のない時間をどう支えるかを、病状と暮らしの両面から確かめていきます。
ご自宅では、薬の置き場所、食事や水分の取り方、室内の動線など、診察室だけでは見えにくい日々の様子が分かります。そこに、体調変化の理由や、今の暮らしに必要な支援を考える手がかりがあります。
すべてを整えてから相談する必要はありません。「通院が少し大変になってきた」「この先も家で暮らせるだろうか」と感じたときが、支え方を一緒に考え始めるタイミングです。まずは今の病状と暮らし、ご本人が大切にしたいことをお聞かせください。その思いを置き去りにせず、これからの療養を一緒に組み立てていきます。第2章では、一人暮らしの在宅療養を支える3つの土台「お金・身寄り・介護の手」と、暮らしの中で確認したい7つの項目を整理します。

情報の基準日・参考資料

本稿は2026年7月19日時点の公的資料に基づいています。利用できる医療・介護・見守りサービス、費用、緊急時対応、鍵の管理方法は、地域、病状、各事業所の体制によって異なります。訪問診療を希望する医療機関、ケアマネジャー、地域包括支援センターなどへご確認ください。
・厚生労働省「2025(令和7)年 国民生活基礎調査の概況」
・厚生労働省「在宅医療の推進について」

執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳

トップ/スペシャルコンテンツ/コラム/おひとり様の老後と療養<1章>