MENU

コラム 2026.07.22

訪問診療はいつから必要?

訪問診療の様子

このコラムの紹介

「まだ歩ける」「家族が付き添えば病院へ行ける」。そう考え、訪問診療への相談をためらっていませんか。訪問診療を考える目安は、通院できるかどうかだけではありません。受診のために一日の体力を使い切る、翌日まで寝込む、ご家族が毎回仕事を休むなど、通院が暮らしの大きな負担になり始めた時も相談のタイミングです。専門病院への通院を続けながら訪問診療を利用する形もあります。「まだ早いかも」と迷っている方へ、訪問診療を考え始める時期をお伝えします。

はじめに

訪問診療に対して、どんなイメージをお持ちでしょうか。
「寝たきりになってから利用するもの」「病院に通えなくなった人のためのもの」「人生の最期が近づいた時にお願いするもの」——。そう思っている方は、決して少なくありません。

実は、私自身もそうでした。訪問診療の現場に入るまでは、訪問診療でできることが想像つかず、「病院に通えるうちは通った方がいい。病院の方がよい医療を受けられるのではないか」とさえ思っていました。
けれど、実際に患者さんのご自宅を訪ねるようになって、その考えは大きく変わりました。体調の悪い日に着替え、車や電車で病院へ向かい、長い待ち時間を過ごす。診察や検査を終えて家に帰る頃には、一日の体力をほとんど使い切ってしまう。そうした患者さんに、何人も出会ったからです。

訪問診療を考える時に大切なのは、「病院まで行けるか、行けないか」だけではありません。その通院のために、どれくらいの体力や時間を使っているのか。ご家族の生活に、どれくらい負担がかかっているのか。そこまで含めて考える必要があります。

この記事では、「まだ通えているから、訪問診療は早いのかな」と迷っている方へ、訪問診療を考え始めるタイミングについてお話しします。

訪問診療は「通えなくなってから」始めるものではありません

訪問診療は、病気やけがなどにより、通院による療養が難しい方に対して、医師がご自宅などを定期的・計画的に訪問して診療を行うものです。

ただし、「寝たきりでなければならない」「末期の病気でなければならない」というものではありません。実際には、タクシーや車椅子、ご家族の付き添いがなければ受診が難しいなど、通院の負担が大きくなった方が訪問診療の対象になることもあります。

もちろん、無理なく通院できていて、今の診療体制に困っていないのであれば、訪問診療へ切り替える必要はありません。けれど、「病院までたどり着けること」と「無理なく通院を続けられること」は、同じではありません。私たちは、その違いを大切にしています。

判断の目安は「通院できるか」より、通院の負担

患者さんやご家族から、「まだ歩けます」「家族が連れて行けば通えます」と伺うことがあります。そんな時、私たちは、通院そのものだけではなく、その前後の生活をお聞きします。病院へ行くために朝早くから準備をしていないか。帰宅するとぐったりして、食事や入浴ができなくなっていないか。翌日まで寝込んでいないか。ご家族が受診のたびに仕事を休んでいないか。

大切なのは、「通院できるか、できないか」ではなく、「通院を続けるために、何を使っているか」です。体力、時間、ご家族の仕事や予定。そして、本当は別のことに使いたかった一日のエネルギー。病院へ行くことだけで、その多くを使い切っているのであれば、診療の形を見直してもよいのかもしれません。

たとえば、次のようなことはありませんか。
□ 通院した日や翌日は、横になっている時間が長くなる
□ 通院の途中や院内で、疲れて転倒したことや、転倒しそうになったことがある
□ 以前は公共交通機関で行けたのに、最近はタクシーや車椅子が必要になった
□ 一人での受診が難しくなり、ご家族の付き添いが欠かせない
□ 受診のたびに、ご家族が仕事や予定を調整している
□ 待ち時間に痛み、息苦しさ、吐き気などを我慢することがある
□ 薬の管理が難しくなり、飲み忘れや飲み間違いが増えてきた
□ 診察室では頑張ってしまい、自宅での本当の様子をうまく伝えられない
□ 通院に備えて体力を温存するため、ほかの予定を諦めることが増えた

いくつ当てはまれば訪問診療、という明確な数の基準があるわけではありません。たった一つでも、その負担が患者さんやご家族の生活を大きく変えているのであれば、相談してよい理由になります。

少し早く相談してほしい理由

「もう病院には行けません」という状態になってから訪問診療を探すことも、もちろんできます。病状によっては、急いで診療を開始することもあります。

それでも私たちは、可能であれば、少しだけ早く出会えたらと思うことがあります。病状が大きく変わる前に、その方の「いつもの暮らし」を知る時間が持てるからです。
普段はどのくらい動いているのか。何を食べ、何を楽しみにしているのか。どんなことが心配で、これからも何を続けたいのか。ご家族は何に困っているのか。状態が比較的落ち着いている時の様子を知っているからこそ、「今日はいつもと違う」という小さな変化に気づけることがあります。

一方で、急に状態が悪くなると、病院へ行くのか、家で治療をするのか、どこまで検査をするのか、ご本人は何を望んでいるのか——短い時間に、患者さん自身もご家族もたくさんのことを考えなければなりません。苦しい時、混乱している時に、初めて会った医療者へ自分の思いをすべて伝えるのは簡単ではありません。

少し余裕のある時に出会い、少しずつお互いのことを知っておく。信頼できる相談先を確保しておく。それは「最期に備える」ためだけではなく、病気がある中でも、その方の毎日をできるだけ守るための準備だと思っています。

病院への通院と訪問診療を併用するという選択

「訪問診療を始めたら、今の病院には行けなくなりますか?」と、心配される方もいます。
訪問診療を始めることは、それまで通っていた病院との関係をすべて終えることではありません。
病気や治療内容によっては、専門的な治療や検査は病院で続けながら、日々の体調管理や自宅で起きている困りごとを訪問診療で支える、という役割分担もできます。

たとえば、がんの治療は専門病院で続けながら、痛みや吐き気、食欲低下、便秘など、自宅での症状を訪問診療で相談する。心臓の専門外来には定期的に通いながら、普段の血圧やむくみ、薬の管理を訪問診療でみる。そのような役割分担もできます。
専門病院と訪問診療がそれぞれの役割を持ち、必要な情報を共有しながら支える形です。今の主治医との関係を大切にしながら、「家で困った時に相談できる医師」を持つこともできます。

病院か、在宅か。治療か、緩和ケアか。どちらか一つに決める必要はありません。大切なのは、医療の形に患者さんを合わせることではなく、その方に必要な医療の形を考えることだと思っています。

こんな形もあります|訪問診療の具体例

訪問診療を利用する理由は、一人ひとり違います。イメージしていただきやすいよう、ここでは架空の例をご紹介します。

88歳・Aさん|認知機能が低下し、一人での通院が難しくなった

高血圧、心不全、認知症で長く病院へ通っていました。以前は一人で受診できていましたが、帰り道で迷うことが増え、ここ数年は長女さんが毎回仕事を休んで付き添っていました。訪問診療を始め、血圧や心不全の状態、薬の管理、認知症による生活上の困りごとを自宅でまとめて確認。専門的な検査や診察が必要な時は、これまでの病院とも連携しながら診療を続けています。

45歳・Bさん|今は通院できるけれど、これからのことを相談しておきたい

進行したがんの治療を受けています。タクシーを利用してなんとか外来へ通えますが、「急に悪くなった時、家にいたいと思うかもしれない。でも、その時に初めて知らない先生に会うのは不安」と相談がありました。主治医からも訪問診療を勧められ、専門病院への通院を続けながら訪問診療も開始しました。体調が安定している時から、心配なことや今後の希望を少しずつ話しています。

102歳・Cさん|通院のたびに、数日間疲れが残るようになった

大きな病気が急に悪くなったわけではありません。ただ、年齢とともに体力が落ち、病院へ行った後は2、3日ほとんど横になって過ごすようになりました。訪問診療では、食事量や水分、便通、皮膚の状態など、小さな変化を自宅で確認しながら、日々の体調をみています。

65歳・Dさん|抗がん剤治療を続けながら、自宅で症状を相談したい

専門病院で抗がん剤治療を続けていますが、治療後の吐き気やだるさ、痛みがつらく、次の外来まで我慢することが増えていました。治療は専門病院で続け、訪問診療では自宅での症状や薬の使い方を確認。治療後のつらい時期を自宅でどう過ごすかも含め、病院と役割を分けながら支えています。

78歳・Eさん|肺炎を繰り返し、「できるだけ家で治療したい」と考えている

肺炎で入退院を繰り返し、本人は「必要な時は病院に行く。でも、できることなら家にいたい」と希望していました。訪問診療を始め、発熱や息苦しさなどの変化があった時には早めに状態を確認。自宅でできる検査や治療を検討し、在宅での対応が難しい時には病院受診について相談する、という方針を本人・家族と共有しています。

72歳・Fさん|離れて暮らす家族も、体調の変化を心配している

一人暮らしで、心不全と食欲低下のため定期的な体調管理が必要です。お子さんは遠方に住んでおり、「電話ではいつも大丈夫と言うので、本当の状態がわからない」と心配していました。訪問時にはむくみや呼吸状態、食事量などを確認し、本人の同意を得たうえで必要な情報をご家族とも共有。体調の変化だけでなく、ご家族が会いに来る時期や今後の生活についても一緒に考えています。

訪問診療が必要になる理由は、「寝たきりになったから」だけではありません。通院の負担、病状への不安、治療との両立、ご家族の状況など、その方の暮らしによって必要になるタイミングは違います。

まずは今の困りごとを相談してください

「今すぐ必要なのかわからない」「本人はまだ通院を続けたいと言っている」「家族だけが心配している」そのような段階で、ご家族から先に相談をいただくこともあります。

相談したからといって、すぐに訪問診療を始めなければならないわけではありません。お話を伺った結果、「今は現在の通院を続ける方がよさそうですね」となることもあります。反対に、状況を整理してみると、思っていた以上に患者さんやご家族が無理をしていたことに気づく場合もあります。

そして、私たちがもう一つ大切にしているのは、ご本人の気持ちです。ご家族がどれほど心配していても、ご本人が「まだ病院へ通いたい」「家に人が来るのは嫌だ」と思っていることがあります。患者さん本人の気持ちを置き去りにして、無理に訪問診療を始めても、よい関係はつくれません。
もし、初対面の人と話すのが苦手であれば、まずは玄関先で短くご挨拶し、少しずつお話しするなど、ご本人が受け入れやすい関わり方を一緒に考えることもあります。
ご家族だけで説得しきってから相談する必要はありません。「家族は訪問診療を考えているけれど、本人は迷っている」という段階も含めて、まず今の状況をお聞かせください。

おわりに|「まだ早いかも」と思う時に相談していい

「まだ通えるから、訪問診療は早い」そう思っている方へ。「まだ通える」と「もう通えない」の間には、長い時間があります。少し疲れるようになった。家族の付き添いが必要になった。病院へ行った翌日は寝込むようになった。次の受診日まで何も起きないか、不安になってきた。けれど、まだ病院には行ける。訪問診療について相談してよいのは、まさに、その間の時期でもあります。

今の通院を続けることも、一つの選択です。少し先に訪問診療を始める準備をしておくこともできます。大切なのは、「もう無理です」となるまで、ご本人やご家族だけで頑張り続けないことです。
訪問診療は、家に医療を持ち込むことが目的ではありません。病気があっても、その人がその人の時間を過ごすために、医療の形を少し変える方法の一つです。「今すぐではないかもしれないけれど、そろそろ考えた方がいいのかな」そんな時から、どうぞ相談してください。

執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳

トップ/スペシャルコンテンツ/コラム/訪問診療はいつから必要?