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コラム 2023.03.09

余命と、亡くなる前の兆候について<前編>
−「余命〇〇日です」と宣告された方、これから大切なひとをおくる方へ−

余命と、亡くなる前の兆候について<前編>

「余命〇〇日です」という言葉は、誰に対しても大きな衝撃を与えてしまう、鋭い宣告です。
これを聞いた患者さんやご家族は、受け入れられない、信じたくない、何も考えられない、などのいろいろな思いが混ざり合った苦しみとともに、その宣告はどれくらい正確なのだろう、これからどうしたらいいのだろうという疑問も持たれるかとお察しします。
今回は、医師がどうやって余命を予測しているか、それがどれくらい正確なのかなど、余命についてお伝えしたいと思います。

「余命」と「予後」はどう違うのですか?

「余命」とは医師が予測した患者さんに残された時間を意味します。「予後」とは残された時間だけでなく、状態の変化なども含めたこれからの経過を指します。ただし、実際には医療従事者でも混同して使っていることが多いです。

なぜ医師は余命宣告をするのでしょうか?

患者さんに残されている時間を予測することは、医師にとっては治療やケアの方法を選択するために必要不可欠です。患者さんにとっては聞きたくない情報かもしれませんが、これからに備えるために、そして残された時間を有意義に使ってもらうために知っておいた方が良いのではないかと思います。もちろん、医師も奇跡が起こって、予後予測が外れて、患者さんが元気に長生きしてくれたらと心から願っています。ただ、希望を持ちながらも、最悪の事態を想定して備えておくことが、不安を最小限にする方法だと思います。

余命を聞きたくない場合はどうしたらいいですか?

聞きたくない方に無理にお伝えすることはありません。事前に主治医にその旨をお伝えください。ただし、なぜ聞きたくないのか、という理由も添えてください。
もし、患者さんの思い描いている将来像と医師の予測にあまりにも大きな乖離があり、修正しないと患者さんが不利益を被ると判断した時は、医師からやんわりと助言が入るかもしれません。

医師の告げる予後は正確なのでしょうか?

結論から言いますと、2023年現在において、どの病気の患者さんの余命も正確に推測する術はありません。天気予報と同じで、今日明日〜2週間以内くらいの予測は精度が高いですが、先になるほど大まかなものになります。しかしながら、日本列島へ向かってきている台風が大陸へ逸れることはあっても引き返すことはないように、先の予測も全く的外れなものではありません。医師が治療やケアの方法を選択するにも、患者さんが心構えをして、やりたいことをやるにも、2週間先までの予測では足りないと思います。そのため、大まかなものであっても、先の予測は必要です。

医師はどうやって予後を予測しているのですか?

これらの情報から総合的に判断します。

  • 変化のスピード
  • 患者さんのパフォーマンスステータス(身体的な活動性)−どれくらいの活動ができるか(労働は?家事は?身の回りのことは?)、起きていられるか、ADLは自立か介助が必要か
  • 意識レベル−傾眠ではないか、辻褄の合わない発言はないか
  • 呼吸、循環動態(呼吸回数、呼吸の仕方、脈の強さなど)
  • 食事量はどれくらいか、食欲不振はあるか
  • 症状(痛み、呼吸困難、嘔気、浮腫など)の有無と程度
  • 採血結果−特に、白血球数、リンパ球割合、腫瘍マーカー、アルブミンなどの栄養状態の指標、肝臓や腎臓の数値
  • 画像検査(CT、MRIなど)での腫瘍の広がり
  • 患者さんの併存疾患の状況、年齢、罹患前の状態などの背景
  • 5年生存率などの疾患に関するデータ、その疾患に関する基本の医学知識
  • 医師自身のその疾患を診てきた経験

※ADL(日常生活動作、Activities of Daily Living):日常生活を送るために最低限必要な日常的な動作で、「起居動作・移乗・移動・食事・更衣・排泄・入浴・整容」動作のこと。

これだけたくさんの項目がある中で、多くの医師がもっとも重視するものは、「変化のスピード」だと思います。変化のスピードとは、1ヶ月前や1週間前と今を比べて活動量、食事量、症状などが変わっているか、CTや採血の所見に変化がどれくらい見られるかを指します。医師の他覚的な評価だけでなく、患者さんやご家族に「1週間前と比べて体調が悪いと感じますか?」などと聞いて、主観的な評価も重要な判断材料にします。
1ヶ月前と比べて明らかに衰弱している場合は、今後も同じかそれ以上の早さでの進行が予想され、予後は月単位の可能性が高く、1週間前と比べて変化がある場合には予後は週単位、数日の間にも変化がある場合は予後は日単位、さらに数時間でも変化があれば残された時間はわずかと判断します。

以上より、月単位、週単位、日単位(数日)というところまでは大まかに予測できます。余命3年と5年、3ヶ月と半年を分ける明確な根拠はありません。
ただ、月単位や週単位と言われても、患者さんやご家族には伝わりにくいと思うのと、医師自身が曖昧な言動を避けるよう教育されているので、お伝えするときは「3ヶ月」とか「1年」という言い方になる場合があるのかなと思います。医師によっては、「3〜6ヶ月」と幅を持たせた言い方をする人もいます。

予後予測ツールとはなんですか?

できるだけ精度高く予後を予測をしようとしているとは言え、医師も人ですから、感情的なバイアスが入り、主治医は予後を長く見積もりやすく、患者さんに伝えるときにはさらに長めに伝える傾向があるとの報告があります¹。
前述の医師が予後を予測する際に参考にしている患者さんの情報の中から、より予後との関連が高い項目を集めて、点数がつけられるようにして、客観的に予後予測できるように作られたものが「予後予測ツール」です。

予後予測ツールを具体的に教えてください。

PaPスコア(Palliative Prognostic Score)


PPI(Palliative Prognostic Index)

すべての疾患に適応できるものとして「サプライズ・クエスチョン」「PaPスコア(Palliative Prognostic Score)」、がんなどの悪性腫瘍に特異的なものとして「PPI(Palliative Prognostic Index)」「PiPSスコア」などがあります。
「サプライズ・クエスチョン」は、「もし、患者さんが1年以内に亡くなったら驚くか?」と主治医が自問自答して、「驚かない」と答える場合には緩和ケアプログラムを紹介することを検討したほうが良いというものです。
「PaPスコア」や「PPI」は食指不振や呼吸困難の有無などの5〜6項目で評価し、合計スコアを元に生存期間を予測するもので、「PaPスコア」は30日間の生存確率を、「PPI」は予後が21日以下(週単位)か42日以上(月単位)かを予測するものです。

正確な予後予測が難しいのはどうしてですか?

理由として次の1〜5が挙げられます。

  1. 患者さんごとに背景(併存疾患、基礎体力など)がそれぞれ異なること
  2. 医学が常に進歩しており、新薬も開発されるので同じ病気でも10年前と今とでは生存率が違うこと
  3. 医学の発展、衛生環境や栄養状態の向上により、平均寿命が伸び続けていること
  4. 同じ病気の方、さらに病理分類なども同じだったとしても病気の進行の仕方やスピードが異なること
  5. 一定数の患者さんが、肺塞栓、出血、感染症などで急に状態が悪くなって亡くなることがあること

以上、余命や予後についてご説明しました。患者さんやご家族のもやもやが少しでも解消されて、これからの過ごし方を考える一助になれば幸いです。後編では、いよいよお別れが近づいてきた時の兆候など臨死期の疑問にお答えします。

執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳


¹The Criteria Committee of the New York Heart Association : Nomenclature and Criteria for Diagnosis of Diseases of the Heart and Great Vessels, 6th ed. Little, Brown and Company, Boston, 1994

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