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体験談 2023.10.30

体験談vol.2 津川佐久子さん(仮名)の長男さん<前編>

体験談vol.2 津川佐久子さん(仮名)の長男さん

・患者さんの病名:直腸がん
・患者さんの年齢:73歳(享年)
・闘病期間:発症から逝去まで約9ヶ月
・訪問診療を受けた期間:26日間
・家族構成:ご主人と長男さんと3人暮らし
・インタビューに答えてくださる方:長男さん(40代、会社員)
・インタビューの時期:逝去から約4ヶ月後

津川佐久子さん(仮名)は特に持病のない方で、72歳までずっとお元気に過ごされていました。趣味は料理と旅行で、美味しいものを食べることが生き甲斐でした。

72歳の夏頃から下痢が続き、徐々に体重が減りました。大学病院で検査を受けて直腸がんが見つかり、がんが子宮や骨盤骨、尿管にも転移しており、StageⅣと診断されました。がんを手術で取ることはできないけれど、腸閉塞を予防するために人工肛門を作る手術を受けました。手術の後、主治医から抗がん剤を提案されましたが、佐久子さんは「これ以上つらい思いをするのは耐えられない」と希望しませんでした。入院から約1ヶ月半で退院し、その際は自分で歩くことができ、ご飯も食べられる状態でした。退院の時に病院のがん相談支援センターから緩和ケア病棟の登録を勧められ、佐久子さんがまだ自力で歩けた時期に受診して、希望時に入院できる手配をしました。

しかし、それから約3ヶ月の間にどんどん体力が落ち、外出することができなくなり、お風呂に入ったり、お着替えをしたりといった身の回りのことをするのにも息子さんの手を借りるようになってきました。発症から8ヶ月後の73歳の春、車椅子で外来に通院するのも負担が大きくなり、訪問診療を開始しました。

訪問診療を開始した時点では、強い痛みの訴えはありませんでしたが、体力が落ちてほとんど1日中横になって過ごしており、長男さんにたくさん食べたいものをリクエストするものの目の前に出されると数口しか食べられない状態でした。佐久子さんはだんだん自分でできることが少なくなってきていることに深い哀しみを感じていました。そんななかでも、「最期までお家で過ごしたい」「自分が死ぬことを家族に哀しんでほしくない」「お風呂に入りたい」とご自身の意思をはっきり口にされました。長男さんはリモートワークに切り替え、会社の理解もあって佐久子さんの介護中心の生活をされ、日々状態の変わっていく佐久子さんを懸命に支えていました。長男さんは、介護の疲れもあり、在宅介護を続けるか緩和ケア病棟へ入院させるか迷っていましたが、余命1ヶ月程度であることをお伝えしたところ、「それくらいの期間であれば頑張れると思う。母も自宅で過ごしたいと言っているし、無理に入院させられない」とお家での看取りを決意されました。

訪問診療開始から数日後に肛門周囲に露出した腫瘍に痛みが出現し、医療用麻薬による鎮痛を開始しました。内服が困難になったのちは点滴に切り替え、痛みに合わせて投与量を調整しました。また、息苦しさに対して酸素投与を行いました。
だんだん眠って過ごす時間が長くなり、訪問診療開始から26日後、ご主人と長男さんが傍で見守る中、佐久子さんはお家で逝去されました。

佐久子さんの逝去から約4ヶ月後のある日に、長男さん、ご主人、主治医、医療相談員、訪問看護師、訪問薬剤師、介護士で集まって、佐久子さんの好きだったハーゲンダッツを食べながら、佐久子さんを偲びました。
そして、長男さんに在宅での介護と看取りに関して、本音でお答えいただきました。

どうして在宅介護を決意されたのですか?

母が在宅介護を望んでいたからです。母は直腸がんと診断された時点でStageⅣの進行がんだったのですが、本人の希望によりがんの治療は一切しませんでした。診断から数カ月経ち「最期の40日間」に差し掛かった時に、母ははっきりと自分の言葉で「最期まで家に居たい、病院に行きたくない」と言いました。

それでも私は介護に追われる日々の中で、いつまで自分の気力や体力が持つのかわからず、緩和ケア病棟への入院を迷った時期もありました。特に、訪問看護師さんの介助でお風呂に入れてもらったあと、ベッドまで自分で戻ることができない母の姿を見た時に、私にはこれからさらに弱っていく母の介護はできないのではないかと不安になりました。

しかし、「あとどれくらいなのか」が決め手となりました。医師に余命1ヶ月であることを告げられて、1ヶ月ならなんとか頑張れる、と覚悟ができました。頑張れる期間は限られていると思います。余命を知ることは介護する人にとって大事だと思います。

介護をしている期間の1日の流れを教えてください。

★は土日無し
5時30分頃 起床、母の朝食(準備・食事介助)
6時30分頃 自分の朝食
8時30分頃 ヘルパーさん訪問
9時00分頃 在宅勤務開始
10時~11時頃 ★ 訪問診療もしくは訪問看護
12時頃 母と自分の昼食(準備・食事介助)
13時~15時頃 ★ 訪問診療もしくは訪問看護
16時30分頃 ヘルパーさん訪問
17時30分頃 在宅勤務終了
17時30分頃~19時00分頃 母のリクエストに合わせて刺身等の買い出し
19時30分頃 母の夕食(準備・食事介助)
20時30分頃 自分の夕食
21時30分頃 入浴
22時30分頃 就寝

実際に介護をしてみて、何が大変でしたか?

私の場合、精神的に辛かったです。本格的な介護が始まったのは「最期の40日間」でした。この期間は週単位で病状が悪化し、先週できたことが今週にはできなくなり、今週できたことが来週にはできなくなる状況の繰り返しでした。そのため、介護方針を日々見直す必要があり、都度考え決断することは大変でした。また、「もうしばらくは元気でいてくれるのではないか?」という希望は、やはり幻想にすぎないこと認めることは辛かったです。結果的に「最期の40日間」とはなったものの、途中で「いつまで続くのだろうか?」と思ったこともあります。

インタビュー画像 訪問薬剤師

<写真右>訪問薬剤師

在宅介護について、想像していたことと違うことはありましたか?

「介護=地獄」のようなイメージを持っていましたが、実際はそうではなかったですね。訪問看護、訪問診療、ヘルパーさん、福祉用具の業者さん、ケアマネさんなど様々な方に助けていただいたので、自分の負担を大幅に軽減することができました。また、様々な方が訪問していただくこと自体に安心感を得ました。訪問サービスを開始する前は、相談する相手がおらず全部自分ひとりで抱えていたので、身体的にも精神的にも負担が大きかったように思います。

在宅介護をしてよかったと思うことを教えてください。

母が喜んでいる姿を見ることができたことです。看護師さんにシャワーで体を洗ってもらった時や、訪問歯科医師に口腔ケアをしてもらった時は、母はすっきりして陽気になっていました。ヘルパーさんに頼んで買ってもらったスイカを食べた時は穏やかないい表情になりました。介護施設等にお任せして母との接点が少なくなれば、このような機会はなかったかもしれません。

お家で介護をして、良かったことも、悪かったことも、大変なことも、嬉しかったことも、全部経験できて、最期の40日間に後悔はありません。これ以上はないでしょう。もう一度やっても同じことしかできない、やり切ったと思います。

インタビュー画像

執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳
対談日:2023年某月

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