コラム 2026.09.11
「伝えたつもり」と「聞いていない」の間で<前編>

目次
このコラムの紹介
病状や予後をめぐる大切な話し合いでは、医師が「伝えた」と思っていても、患者さんは「聞いていない」「見放された」と感じることがあります。こうしたすれ違いには、医師の説明と患者さんの聞きたいことが一致しないことに加え、強い不安や苦痛、予後の不確かさ、家族間の情報差、医療者間の連携不足などが影響します。前編では、すれ違いが起きやすい状況と背景を整理し、話し合いの前・説明中・説明後に、医療者と患者さん・ご家族の双方ができることを考えます。
はじめに
患者さん「先生からは、もう何もできないと言われました」
医師「そのような意味で説明したつもりはありませんでした」
終末期医療(人生の最終段階における医療・ケア)の現場では、このような食い違いが起こることがあります。どちらかがうそをついているわけでも、必ずしも誰かに悪意があるわけでもありません。医師が伝えた内容と、患者さんが受け取った意味が異なってしまうことがあるのです。
病状の進行、治療方針の変更、予後、療養場所、急変時の対応など、人生の見通しに関わる話し合いが増える時期には、すれ違いが起こりやすくなります。
患者さんやご家族は、痛みや息苦しさ、疲労、不安、悲しみを抱えながら説明を聞かなければなりません。医師側にも、限られた時間で多くの情報を伝える難しさ、予後予測の不確かさ、つらい知らせを伝える負担があります。こうした条件が重なると、丁寧に話したつもりでも、言葉の意味が十分に共有されないことがあります。
本稿では、医師と患者さんのコミュニケーションエラーを、単なる「説明不足」ではなく、情報、感情、価値観、次に行うことのいずれかが十分に共有されていない状態と捉え、「すれ違い」と表現します。すれ違いを完全になくすことは難しくても、早く気づき、立て直し、患者さんが望む人生につなげることはできます。
コミュニケーションエラーが起きやすい状況
医師と患者さんの間に生じるすれ違いは、単に説明不足や言葉の選び方から起こるわけではありません。医師が医学的に正しく説明していても、患者さんがそこから思い描いた「自分の未来」が医師の意図と異なれば、意思決定や療養に影響します。
特に、次のような場面では注意が必要です。
なお、DNAR(Do not attempt resuscitation)は、心肺停止時に心肺蘇生を行わないという方針です。DNARの方針があるだけで、心肺停止前の治療や症状緩和まで一律に控えるという意味ではありません。このような用語は患者さんには伝わりにくいため、略語の説明に加え、「どのような状態の時に何を行わないのか」「それ以外にどのような治療やケアを続けるのか」を具体的に共有する必要があります。
また、「厳しい状態です」「しばらく様子を見ましょう」「できることは限られます」といった曖昧な表現は、医療者には慎重な言い方でも、患者さんには意味が分からなかったり、反対に必要以上に重く伝わったりします。患者さんの気持ちに配慮しながら、分かる言葉で伝える努力が医療者側に求められます。
なぜ、すれ違いが起きてしまうのか
すれ違いは、患者さんの理解力や医師の説明技術だけで決まるものではありません。病状を伝える側と、それを自分の人生のこととして受け取る側では、同じ言葉を聞いても焦点が異なります。さらに、強い感情や時間の制約、医療者間の連携不足が重なることで、ずれが大きくなります。
医師が話す「病状」と、患者さんが知りたい「これから」
医師が腫瘍の大きさや治療効果について説明している時、患者さんが知りたいのは、「家に帰れるのか」「家族と過ごせるのか」「痛みはどうなるのか」「あとどのくらい時間があるのか」という生活の見通しかもしれません。医学的な事実が正確でも、その事実がこれからの生き方にどのように影響するのかまで話し合わなければ、「分かった」という実感にはつながりません。
また、医療者には日常的な用語でも、患者さんには初めて聞く言葉があります。一度に多くの情報を伝えたり、質問できる間を設けなかったりすると、重要な点が埋もれます。「説明した内容」と「理解された内容」は同じとは限らないため、要点を小分けにし、途中で確かめることが必要です。
強い感情と、互いを守ろうとする配慮
悪い知らせを聞いた直後は、頭が真っ白になり、その後の説明がほとんど残らないことがあります。これは患者さんの理解力によるものではなく、大きな衝撃を受けた時に起こり得る自然な反応です。痛み、息苦しさ、せん妄、強い不安がある時も、説明を聞き、整理し、記憶することが難しくなります。
医師は、患者さんを傷つけたくない、希望を奪いたくないという思いから、病状や予後を遠回しに伝えることがあります。一方、患者さんやご家族も、医師に遠慮して質問を控えたり、互いを心配させないように本音を伏せたりします。その結果、「説明したつもり」「分かったつもり」が積み重なります。
「なぜ、こんな状態になってしまったのでしょう」という問いも、病気の原因や検査結果を尋ねているのではなく、「なぜ自分なのか」「この先をどう生きればよいのか」という苦悩の表れであることがあります。医学的な説明を重ねる前に、「何がいちばんつらいですか」「どのような思いで、そう尋ねられましたか」と、その問いの意味を確かめることが大切です。
一度きりの説明と、チーム間の連携不足
病状や気持ちは変化します。知りたい情報量や、意思決定にどの程度参加したいかは、人によって異なります。それにもかかわらず、短い面談一回で説明と同意を終え、医師、看護師、病院、在宅チームの間で内容が共有されなければ、ずれが生じやすくなります。コミュニケーションを患者さん個人の努力に任せず、医療側がチームと仕組みで支える必要があります。
すれ違いを減らすために、双方ができること
重要な話し合いほど、一度の説明で完結させず、話し合いの前・説明中・説明後の各場面で理解と希望を確かめます。患者さんやご家族がうまく質問できない時も、医療者側から声をかけ、対話を支えることが基本です。
患者さんやご家族から、「結論を先に教えてください」「何を続けられるのかも教えてください」「今日決まったことを書いてください」と頼んでも構いません。ただし、説明が伝わったかを確かめ、質問しやすい場をつくる責任は医療者側にあります。
前編のむすび
すれ違いは、どちらか一方の努力だけで防げるものではありません。大切なのは、一度で理解や結論を求めず、何が伝わり、何がまだ分からないのかを何度でも確かめることです。それでも「何か違う」と感じた時は、対話を立て直すことができます。
後編では、すれ違いに気づいた時の伝え方、傷ついた関係の修復、患者さんが望む人生につなげる話し合いを取り上げます。
参考文献・参照資料
日本サイコオンコロジー学会・日本がんサポーティブケア学会『がん医療における患者-医療者間のコミュニケーションガイドライン 2022年版』
Agency for Healthcare Research and Quality, Use the Teach-Back Method: Tool 5
執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳