院長対談 2023.10.17
医療法人社団EHD 西荻窪・杉並歯科
訪問歯科医師 継松真悠子
むすび在宅クリニック 院長:香西友佳(こうざいゆか)
医療法人社団EHD 西荻窪・杉並歯科 訪問歯科医師:継松真悠子(つぎまつまゆこ)
継松先生の紹介:訪問歯科医師であった母が祖父の義歯の調整する姿を幼い頃より見て育ち、自分も母の様になりたいと歯科医師を目指す。自身にとって訪問歯科は身近なものであったが、世の中には浸透していないことに気づき、訪問歯科診療が必要な患者さんが当たり前に診療を受けられる世界にしたいと邁進している。そのためにも、多職種連携が重要であることを痛感し、コミュニケーションは欠かさない。「患者さんのために」をモットーに、ひとりひとりに合った診療を試行錯誤しながら行っている。
→公式サイトリンクhttps://www.nishiogikubo-suginami-shika.com/index.html
二人の出会いについて
香西:
私たちの出会いは、私が訪問診療を行なっていた患者さんに、継松先生が歯科医師として訪問診療を開始されたのがきっかけです。その患者さんはいろいろな疾患を抱えており、内科だけでなく歯科や眼科の先生にも訪問に来ていただく必要がありました。また、ヘルパーさんや看護師さん、ケアマネさんとも密に連絡を取り合って、治療やケアにあたっていました。
継松:
ケアマネさんからお声掛けいただいて、その患者さんの訪問を開始しました。医師と歯科医師が同じ時間に訪問することはほとんどなく、同じ患者さんの診療を行なっていてもなかなか医師との接点を作れないこともあります。しかし、この患者さんの場合は医療・介護者間の情報共有ツールであるMCS(Medical Care Station)を活用していたため、診療記録をチャットで投稿し、香西先生と綿密に意見交換することができました。
香西:
継松先生の記録が丁寧で、患者さんにしっかり向き合ってくださっているのが伝わり、口腔ケアだけでなく、嚥下訓練や呼吸リハビリも行なってくださっていたので、お人柄の面でも歯科医師としての技術の面でも信頼できそうな先生だなと思い、会えませんかと連絡させていただきました。実際にお話しして、より信頼できる方だなと思ったので、それ以降頻繁にやり取りさせていただいています。
継松:
そう言っていただけて嬉しいです。歯科医師だからといって口の中しか診ないというのはどうかなと思い、咀嚼しやすくするための咬筋のマッサージや、呼吸を楽にするための呼吸法の訓練なども積極的に行なっています。訪問できる時間も頻度も限られていますが、ひとりひとりの患者さんが重視していることも困っていることも異なるので、患者さんの要望をきちんとお聞きして、それに見合った医療を行なっていきたいと思っています。
訪問歯科でできることとできないこと
香西:
歯科診療では、唾液を吸引したり、歯石を除去したり、歯を削ったりと、電気で動くたくさんの医療機器を巧みに使いこなしているイメージがあります。これらの機材を患者さんのお家に持っていくとなると、かなり大掛かりになりそうだなと思いますが、大変ではないですか?
継松:
訪問診療用の医療機器はコンパクトで、家庭用電源でまかなえる設計になっています。行う処置によっては数種の機材を運び込むこともありますが、1つ1つは大きくても海外旅行用のスーツケースくらいの大きさです。私と歯科衛生士と、時にドライバーの3人で運べます。
香西:
訪問に適した歯科用の医療機器があるのですね。これを患者さんに知ってもらうだけでも訪問歯科をより前向きに検討してもらえそうな気がします。歯科訪問診療でできること、できないことはなんでしょうか?
継松:
意外だと思われるかもしれませんが、歯科訪問診療では外来で行うほとんどの処置が行えます。例えば、虫歯の治療、義歯の作成や調整、知覚過敏や口内炎の治療、口腔がんの経過観察、嚥下内視鏡による嚥下機能の評価、嚥下機能訓練などが行えます。できないことは、インプラントを打つこと、歯の矯正、口腔がんの精査です。ただし、インプラントを打った後の調整はできますし、すでに口腔がんと診断されている方の壊死組織の除去や小出血の止血などの処置も行えます。
香西:
外来とほとんど同様の処置が行えるんですね。訪問診療を受けている患者さんは、歯科への通院も難しく、それなのに自分で歯磨きができなくなって口腔内が不衛生になりやすく、るいそうの進行とともに歯茎も痩せて義歯が合わなくなるので、歯科の需要は高まっています。歯科訪問診療で口腔ケアや義歯調整を行なっていただけるのは本当にありがたいです。訪問診療の存在以上に歯科訪問診療は知られていないことが多く、訪問診療を行なっている患者さんに歯科訪問診療を提案すると、すぐに希望される方もたくさんいます。
継松:
在宅療養中は、クリニック、訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所(ケアマネ)、訪問介護事業所(ヘルパー)、在宅専門薬局、福祉用具貸与事業所など多くの事業所が関わり、それぞれに患者さんとの契約が必要なので、患者さんからすると誰が誰なのかわからなくなって混乱されることもあります。そんな中で、どうしても歯科は後回しになってしまうことが多いのですが、人生の質を上げるためにぜひ歯科も関わらせていただけたらと思います。
香西:
口の中の不快感が取れてすっきりすることや、味覚を楽しむことは、その患者さんの人生を豊かにするためにとても大事なことですよね。亡くなった患者さんの息子さんから「母が笑顔になったのは、訪問入浴のあとと、歯医者さんに口腔ケアをやってもらった後でした。つらい闘病生活の中でもその時はとびきりいい表情になって。そういうプラスアルファのことってすごく大事ですよね」とお聞きしたことがあります。医師が痛みや吐き気などの苦痛をできる限り取ることは当たり前で、「身体的な苦痛がないこと」でやっとゼロベースに立てる。そこから、どうやって心地いい、穏やかな状態に持っていけるかが勝負で、それにはやっぱり、医師だけでなく、ご家族や看護師や歯科医師や在宅医療に関わるみんなの力が必要だと思います。
継松:
患者さんの息子さんのお話はとても嬉しいものですね。直接耳にできる機会は少ないですが、プラスアルファが大事であるなとは日々意識しています。
歯科訪問診療の対象、費用、訪問頻度について
香西:
訪問診療は医療保険で行いますが、歯科訪問診療も同じですか?
継松:
歯科訪問診療は医療保険と介護保険の両方を使います。ただし、要介護認定を受けていない方や小さなお子さんでも、歯科外来への通院が難しい方は対象になります。介護保険をお持ちでない方は、医療保険で行います。
香西:
歯科訪問診療の訪問頻度と費用はどれくらいでしょうか?
継松:
訪問頻度は月1〜4回で、患者さんの状態に合わせてご相談させていただいています。費用はどんな処置を行うかと残存する歯の数によって変わってきますが、口腔ケアを行なった場合、医療保険・介護保険の自己負担割合が1割の患者さんで1回2000円程度です。義歯の新規作成をした場合は1万円程度です。
歯科医師・医師それぞれへの要望
香西:
歯科医師から医師に対して、こうして欲しいというような要望はありますか?普段困っていることや疑問点などもありましたらお願いします。
継松:
一番は連携を取ることですね。例えば、食べられない患者さんに対して、内科と歯科の両方からアプローチすることで診断にたどり着ける場合があります。歯科で口腔機能や口腔内・咽頭喉頭の器質的な問題がないかを評価しても、それでは不十分で、味覚障害を引き起こす電解質異常や貧血がないか、唾液の分泌量が減る疾患が背景にないか、消化管通過障害など喉を通った後のところに異常はないかなどは内科で精査してもらう必要があります。
香西:
医師と歯科医師だけでなく、在宅生活に関わる全ての医療・介護者に言えることですが、いかに連携するかが鍵ですよね。それぞれがベストを尽くしても、同じ方向を向いて、同じ目標に向かって歩みを進めなければ、結果として患者さんにとってのベストにはなりません。在宅医療においてはたくさんの事業所が関わる分、それぞれが別のタイミングで患者さんやご家族に会って、別の情報を得ることになります。その情報を共有して、時系列で患者さんはどういう状態で何が起こっているのかを把握し、役割分担をしないといけないです。1つ情報が抜けただけで治療方針を誤ることもありますし、いろんな人がそれぞれの意見を場当たりで患者さんに伝えてしまうと患者さんを混乱させてしまいますから、方針を共有することは重要です。
継松:
歯科医師はみんな、いつも医師に連絡を取りたいと思っています。例えば、降圧薬としてカルシウム拮抗薬を内服している患者さんに歯肉増殖が起きた場合、薬剤が原因の可能性があるので、他の薬剤に変更できないかとか。抜歯を予定しているときに、顎骨壊死などを誘発しないように、骨粗鬆症治療薬であるビスホスホネート系製剤を一時中断できないかとか。たくさん相談したいことがあって、でも、直接医師に連絡するのを躊躇してしまって、歯科衛生士に代理で電話してもらったり、手紙でのやり取りで済ませようとしたりする歯科医師も多いです。そういった垣根なく、連携が取れたらいいなと本当に思います。
香西:
そんな気を張らずに、いつでもご連絡ください。MCSでもいいですし、急ぎのことは電話ください。患者さんに関することで、医療以外のことでも共有するのは大事ですよね。
継松:
ありがとうございます。これからも遠慮なく連絡させていただきますね。患者さんとひととひととして関わる以上、どういう状態なのか知っておきたいです。患者さんも何回も同じ話をするのは嫌だろうし、誰かに伝えた「しんどい」っていう情報が、きちんと他の医療者にも伝わっているというのは必要なことだと思います。どうすれば患者さんがより満足できるのか、常に考えています。
香西:
患者さんに満足してもらえるためにと言えば、継松先生は患者さんが食べられそうなものを作ってお家に持っていかれることもあるとお聞きしました。
継松:
そうですね。患者さんの「食べたい」というご要望になんとかお答えしたくて、いろいろ試行錯誤しています。スベラカーゼ粥というベタつきにくく、水分と米が分離しにくいお粥や、咀嚼や嚥下がしやすいお肉料理を作ってお持ちすることがあります。
香西:
素敵ですね。介護食や栄養補助ドリンクもいろいろなものが販売されていますが、味が好みでなかったり、もうすこし柔らかくしたかったりとそれだけで満足のいくものでない場合もありますから、先生のように患者さんの要望に合わせた行動をするという姿勢を見習いたいです。今後ともよろしくお願いいたします。
継松:
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
編集:児玉紘一
執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳
対談日:2023年9月26日