院長対談 2023.03.01
むすび在宅クリニック
医療相談員 / 社会福祉士 阿原香織
むすび在宅クリニック
院長:香西友佳(こうざいゆか)
医療相談員:阿原香織(あはらかおり)
患者さんが訪問診療に求めるものとは
香西:
少し古いデータになりますが、平成23年に健康保険組合連合が行なった「医療に関する国民意識調査」の中に、「かかりつけ医を決めた理由」を問うた質問(かかりつけ医がいる471人が対象、複数回答可)があります。1位は通院の利便性(72.6%)でしたが、2位は医師の人柄(45.6%)、3位は医師が患者の病歴や健康状態を熟知していること(42.3%)、4位は医師が病気や治療についてよく説明してくれること(36.1%)と、上位を医師の人間性や接遇が占めており、医師の診療技術が優れている(17.2%)を大きく上回っていました。これは訪問診療や在宅医に関する質問ではありませんが、訪問診療においては、お家という患者さんのテリトリーに入るため、より一層、医師の人間性や接遇が重視されると思います。
阿原:
やはり、“ひと”と“ひと”との関係ですから、医師がどんな人物かはとても重要ですね。そういったアンケートの結果や、私の経験を踏まえて、患者さんが訪問診療に一番求めているものは安心感だと思います。「先生の顔を見ただけで体調が良くなった」とおっしゃる患者さんがいらっしゃいますが、お世辞ではないと思っています。在宅医療においては、通常の診療に加えて、患者さんの心の支えになることも重要な役割です。
香西:
研修医の頃、上級医に「病気を診るのではなく、患者さんを診るのが医者だ」と教わりました。経験が浅いうちは余裕がなくて、病気の検査や治療にばかり目が行きがちでしたが、ここ数年でようやく「患者さんを診る」がわかってきた気がします。病気が治っても、説明不足などで患者さんが満足していなければ、それはいい医療ではないのです。ですが、それがわかっていても、安心感を与える存在って、すごく難しいと思います。ただ単に医師としてきちんと医療を行っているだけでは足りなくて、どんと大きく構えて、患者さんを丸ごと受け止められる、母のような存在であれってことですよね。
阿原:
そこまで難しく考えなくてもいいと思います(笑)。先生が来てちょっと小話するだけで、また次の来訪まで頑張れるという患者さんは多いですよ。
香西:
安心感と、患者さんとの距離感は関連がありそうですね。患者さんが安心しているとは具体的にどんな状況でしょうか?
阿原:
医師の訪問の際に患者さんが変に緊張して身構えて、疲れてしまうのは良くないですね。先生が来る日だからお化粧しておしゃれしようかな、くらいの感じならいいのですが。患者さんが医師になんでも話せて、医師が訪問していない日も「何かあってもあの先生がいるから大丈夫」と心にゆとりを持って落ち着いて生活できる状況だと、安心していると言えると思います。
香西:
医師がその場にいなくても、何かあれば気軽に相談できるという心のゆとりから、患者さん自身が自分の時間を満喫できる、というのは理想ですね。訪問診療に求められていることを突き詰めると、「医療のその先」だと思います。クリニックだから医療ができるのは当たり前で、病気のこと以外も含めて患者さんの困っていることをいかに解決できるか。そのためには、まず悩みを打ち明けてもらえるくらいの信頼関係を構築しないといけないですね。
阿原:
患者さんが先生に言いたいことを言える、聞きたいことを聞ける。当たり前ですが、それがすごく大事ですね。
香西:
“ひと”と“ひと”として向き合い、いろんなことをお話しする中で信頼関係を築き、患者さんに安心してもらえること。大きな目標ですが、そういう関係性になれるよう頑張りたいですね。とはいえ、安心感が一番大事というのは、今の私たちがそう思っているだけで、実は全然違うかもしれません。患者さんから直接ご意見をお聞きして、ご要望にお応えできるよう、成長していきたいです。
どのようなクリニックにしてきたいか
香西:
内部も外部も垣根のないクリニックにしたいです。患者さんに関わる人みんなが気づいたことや思ったことを躊躇せず発言できて、たくさん話し合って、患者さんにとってより良い医療のあり方を模索していく。そして、みんなが同じ方向を向いて共通認識を持って、患者さんのケアに当たることが、在宅医療では大事だと思います。そういった医療チームの結束力も患者さんに安心してもらうために必要です。
阿原:
私も同じことを考えていました。在宅医療に関わる人たちは、自発的に動く、意欲のある人が多いですが、さらに、周囲と息が合っているかは常にアンテナを張れるとなおいいですね。
香西:
私の考える在宅医療の理想形態は「在宅の病院化」ではありません。どうしても年を重ねたり、病気や怪我を負ったりすると人生の中心を医療が占拠してしまいがちですが、やはり人生の主役は自分自身です。病気や症状を忘れるくらい、患者さんが自分の人生を謳歌できることが理想で、そのために医療は脇役ながら、鴨の水かきのように全力で患者さんを支える形が私の目指すところです。
阿原:
在宅なのに病院化してしまうと患者さんも落ち着かなくなってしまいますよね。お家という患者さんが落ち着ける環境を守りながら医療を行いたいですね。また、医療チームの司令系統が病院のように医師を頂点とするピラミッド構造になると、看護師、ケアマネなどの各人が自発的な行動が取りにくくなるリスクがあります。病院のように大きな組織においてはその体制が効率良く効果を発揮しやすいですが、在宅医療においてはひとりひとりがその道のエキスパートとして自立し、患者さんを支える必要があります。
香西:
医療チームの各人が自分の能力を最大限に発揮しつつ、しっかり話し合いと情報共有を重ねて、結束することが大事ですね。医療チームが対等な関係で、患者さんに対して自分がやりたいこととチーム全体の動きにズレがないことは、燃え尽き症候群を予防することにも繋がります。燃え尽き症候群は、自分の想いとやらされることに差があり、ジレンマを抱える職場で起きやすいとされています。在宅医療の医療チームは本当に熱意があり、日々全力投球している方々ばかりなので、スタッフの健康や気持ちも大事にしたいです。
阿原:
在宅医療の人材は本当に貴重ですからね。
香西:
あと、患者さんに寄り添えるクリニックにしたいです。「寄り添う」という言葉は、よく使われますが、真の意味で「寄り添う」とはなんでしょうか?例えば、医師Aが患者さんに飲みきれないほどたくさんの薬を処方していたとします。医師Aに悪気はなく、むしろ減薬することは手を抜いていると認識しているのです。つまり、薬をたくさん出すことが患者さんのためであると。ただ、それが本当に患者さんのためなのかどうかは、患者さんが決めることです。患者さんが「どんなにまずい薬を大量に飲んででも、来月産まれる孫の顔が見たい」と思っていたら医師Aの行動は患者さんの気持ちと同じ方向性かもしれません。しかし、患者さんが「残りの時間は勝手気ままに好きなものを食べて生きたい。薬でお腹が膨れるのは嫌だ」と思っていたら、医師Aの行動は的外れです。いずれにせよ、たまたま方向性が合致していただけでは、患者さんに寄り添っていることにはなりません。寄り添うとは、患者さんがどういう人で何を求めているかを知り、患者さん発信で要望を伝えてもらえる関係性になって初めてできる行為だと思います。医療だけをしようと思っていたら、寄り添うことなどできません。当院はこれらを踏まえたうえで患者さんに「寄り添える」クリニックを目指したいです。
阿原:
先生の熱い想いが伝わってきます。患者さんが何を求めているのか、ここに照準を合わせて私たちスタッフも行動したいと思います。
クリニックの強み
香西:
当院の理念は『ひとりひとりの患者さんのかけがえのない日々が、自由で、豊かで、その方らしいものであるように、“いま”できるベストな在宅医療を追求する』です。なにか特別なことを行うよりも、“ひと”と“ひと”、として向き合うことが大事だと思っています。目の前の患者さんがどういう方で、なにを大切にしていて、なにをやりたいのかという観点で考え、その方にとって最適な医療の形を目指します。家族ケアや、医師と歯科医師の連携などの強みはありますが、ひとりひとりの患者さんのニーズにあった在宅医療を提供すること、それが最大の強みです。
阿原:
患者さんとは医療を超えた関係性を築きたいですね。医療のことだけでなく、雑談などお互いに友人のようにお話できればいいなと思います。
香西:
阿原さんはこの対談中もそうですが、相手の話の意図に気付いてくれたり、細かな表情の変化から相手の気持ちを読み取ってくれたり、人としてとても大事な才能を持っている方ですよね。直接言うのは恥ずかしいですが、こういう機会なので(笑)
阿原:
そんな真正面向いて言われると照れます(笑)。でもたしかに、話をする際には相手の方の言葉や表情を捉えることがクセになっていたかもしれません。香西先生もジェネラリストかつスペシャリストを体現できる数少ない医師なのではないですか。
香西:
ありがとうございます(笑)。前述のように、クリニックに最も求められているものが安心感だとすれば、その提供ためには、医師の技量と患者さんと仲良くなれるコミュニケーション能力の両方が必要です。当院は、医師と医療相談員の二人三脚でそれを生み出せると自負しています。他の強みとしては、在宅医療に関するセカンドオピニオン外来も行っています。すでに訪問診療を開始しているけど、今の方針でいいのだろうかという悩みがあり、どうしたらいいかわからない時に利用してもらいたいです。また、家族ケア外来もあります。患者さんが旅立たれた後のご遺族の心身のケアを行なうものです。患者さんが亡くなってしまっても、ご家族と関係が続けられたらいいなと思います。
阿原:
ご遺族との関係も本当に大事ですよね。私が以前勤めていたクリニックでは、患者さんが亡くなったあとにお線香をあげさせてもらったり、グリーフケアのカフェみたいなこともやったりしていました。
香西:
グリーフケアのカフェってどんなものですか?
阿原:
いわゆる遺族会なのですが、アットホームな雰囲気で、同じメンバーで定期的に開催していたところがポイントで、例えば、奥様を亡くされたご主人5~6名を集めて、家事でうまくいかないこと、その後の生活などを話してもらっていました。
香西:
ご遺族同士にしかわからない気持ちもありますし、感覚が近かったり同じ悩みを抱えていたりする方と話すことで、とても良い効果がありそうですね。当院でもやりましょう!
阿原:
ぜひ!
どんな人と一緒に働きたいか
阿原:
向上心があり仕事を楽しめる人と一緒に働けたら私も良い刺激をもらえますね。そういった人ととことん話し合いながら働くことができればベストです。
香西:
前述の通り当院では「医療のその先」を目指しています。そのために、自分の役職や役割を超えて、柔軟な発想を持てる方と働きたいです。訪問診療にやりがいを感じてくれる方、自分の意見を言える方、人の話を聞ける方、思いやりの気持ちがある方がいいですね。意見の合わない所があるのは当たり前だし、色々な意見の方が集まって多様性のある組織になることはとてもいいことだと思います。意見が対立してもきちんと話し合いがしたいです。ちなみに、年齢はあまり問わないですね。阿原さんも一生働いてくれると思いますし?
阿原:
えっ。定年後は、ゆっくり過ごすつもりですよ。
香西:
あと30年くらいご一緒してください。
阿原:
勘弁してください(笑)。週三の時短勤務で3時間くらいなら(笑)
香西:
うーん、検討します。
阿原:
その頃には若い方が育っていてくれますよ。いや、一緒に育てていきましょう。
10年後の夢
香西:
今やりたいことや大切にしたいことと、10年後のそれは大差ないと思います。目の前の患者さんにしっかり向き合うこと、医療チームの連携を強化して、より良い医療を提供していくことですね。あまり規模を大きくしたいという願望はなく、クリニックの患者さんのことを全スタッフが把握していて、温かな関係性が作れる規模でやっていきたいです。
阿原:
大きくなると目が行き届かなくなる面がどうしてもでてきますよね。スタッフが患者さんひとりひとりを把握できる状態がいいですね。いろんな専門の医師が複数在籍している層の厚いクリニックを希望される患者さんもいれば、主治医と深い関係を築いて一生のお付き合いがしたいと望む患者さんもいます。
香西:
小規模だからこそできる手厚いケアを私たちが誠心誠意行いたいです。そして、初心を忘れないことも肝心ですね。もし私が初心を忘れた行動をしそうになったら、今日の対談記事を読み返すように促してください(笑)
阿原:
はい!今日この日のことを忘れずに10年後を一緒に迎えましょう。
ファシリテーター・編集:児玉紘一
執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳
対談日:2023年2月19日