コラム 2026.08.28
「延命治療・積極的治療を希望しない」同意書の問題

目次
このコラムの紹介
重い病気の治療が難しくなった時、「これ以上治療を希望しない」「急変時に積極的な治療を行わない」といった同意書への署名を求められることがあります。しかし、抗がん治療を続けるかどうか、心停止時に心肺蘇生を行うか、心停止前の急変にどこまで治療するかは、それぞれ別の判断です。本記事では、救急や終末期の医療現場で用いられる現行の同意書の問題点を整理し、患者さんの価値観や急変時の方針を具体的に残す「話し合い記録書」を提案します。病状が変化した時に何を考え、希望をどう医療者へ伝えればよいかもお伝えします。
はじめに DNARとBSCが混同される時
DNARという言葉をご存じでしょうか。医療者、特に救急や終末期医療に携わる者にとっては、日常的に耳にする言葉です。Do Not Attempt Resuscitationの略語で、「心停止した時に、心肺蘇生を試みない」という指示です。本来は、患者さんの意思と医学的な見通しを踏まえて医療・ケアチームで話し合い、心停止時に心肺蘇生を試みない方針を共有するために用いられます。ところが医療現場では、DNARが「これ以上積極的な治療を行わない」という広い意味で受け取られる場面もあります。
重い病気が進み、病気そのものを治す治療の継続が難しくなると、症状を和らげ、生活の質を支える医療・ケアに、より重点を置くことが提案されます。抗がん剤などの治療を続けるかどうかにかかわらず、こうした医療・ケアは続きます。日常診療では、こうした支援をBSC(Best Supportive Care)と呼ぶことがありますが、BSCは積極的治療の中止そのものを意味する言葉ではありません。それにもかかわらず、治療方針を見直す時期に、「これ以上積極的な治療を希望しない」「急変時には延命治療を行わない」といった同意書への署名を求められる場合があります。
BSCとDNARは別の概念であり、どちらにも「何が起きても積極的な治療を希望しない」という意味は含まれません。積極的治療を終えること、心停止時に心肺蘇生を行わないこと、心停止前の急変にどこまで治療するか、苦痛を和らげる医療を続けることは、それぞれ分けて考える必要があります。本記事では、こうした違いを曖昧にする包括的な同意書の問題と、これからの文書のあり方について考えます。
DNARは「これ以上治療をしない」という意味ではありません
日本集中治療医学会は、DNAR指示は心停止時のみに有効であり、心肺蘇生以外の医療や看護については別に話し合う必要があると示しています。DNARの方針とすることは、病気への治療をすべてやめること、終末期であること、緩和ケアを受けることと同じではありません。
救急や終末期の場面で使われる主な言葉を、適用される場面で整理すると次のようになります。
DNARだけを理由に、心停止前の酸素、点滴、抗菌薬、輸血、入院、痛みや息苦しさを和らげるケアまで自動的に控えるものではありません。これらは、その時の病状、回復の見込み、治療による利益と負担、患者さんが大切にしたいことを踏まえて個別に考えます。
なぜ「積極的な治療を希望しない」という同意書が使われるのか
がんなどの治療を続けても十分な効果が見込めなくなった時、医療機関によっては、「急変時に積極的な治療を希望しない」「これ以上治療を希望しない」といった内容の確認書や同意書が示されることがあります。名称、書式、含まれる医療行為は施設によってさまざまです。
その背景には、救命の見込みが乏しい状況で、胸骨圧迫や気管挿管などを行うことで患者さんの身体に大きな負担をかけることを避けたいという意図があります。また、夜間や休日に主治医以外の医師が対応しても、病状とこれまでの話し合いが伝わるよう、方針を文書で共有する必要もあります。文書そのものが悪いのではありません。問題は、幅の広い「治療」という言葉と患者さん側の署名だけで、複数の異なる判断を一括して済ませてしまうことです。
患者さんやご家族にとって、治療の限界を告げられた直後に「治療を希望しない」と書かれた文書へ署名することは、大きな苦痛を伴うことがあります。自分たちで治療を諦め、死を選ぶように感じたり、「もう助けてもらえない」「見捨てられた」と受け止めたりすることがあります。ご家族には、署名したことへの迷いや罪悪感が長く残ることもあります。
現在よく見られる同意書の一例
次は、公開されている複数の書式や一般的な運用を踏まえ、論点が伝わるように再構成した架空の例です。特定の医療機関の書式を転載したものではありません。
一見すると方針は明確に見えます。しかし、心停止時の心肺蘇生、心停止前の急変に対する治療、救急搬送、苦痛を和らげる医療が一つの文章にまとめられています。どの病状を想定し、どこまでを望まず、何なら一定期間試したいのかがわかりません。
一方、自治体が公開しているDNAR専用の指示書には、対象を心肺蘇生に限定し、本人の意思表示、または本人の意思を推定する家族等による確認と医師の指示を分け、有効期限や緊急連絡先を設けているものがあります。ここで問題にしているのは、そのようなDNAR専用の指示書ではなく、心停止前の医療まで「希望しない」という一文にまとめる包括型の同意書です。
包括的な同意書が抱える6つの問題
「治療」が何を指すのか曖昧です
抗がん治療を終えること、心停止時の心肺蘇生を行わないこと、心停止前の急変に対する治療を控えること、苦痛を和らげる治療へ重点を移すことは、それぞれ別に考えるべきことです。「これ以上治療を希望しない」という一文では、患者さんがどこまでを望まないのかがわかりません。
DNARと心停止前の治療が混同されます
心停止時の心肺蘇生を望まなくても、肺炎への抗菌薬、症状を和らげる点滴、輸血、酸素、短期間の入院を希望する方はいます。反対に、心停止時の方針をまだ決めていなくても、負担の大きい治療は避けたい方もいます。一つの署名で両方を決めたことにすると、本人の希望と実際の医療がずれるおそれがあります。
本人の意思より、家族の署名が前面に出ることがあります
本人が意思を伝えられる時は、十分な説明を受けた本人の意思決定が基本です。本人が伝えられない場合、ご家族の役割は自分の希望を選ぶことではなく、本人が大切にしてきたことや以前の言葉を手掛かりに、医療・ケアチームと本人にとっての最善を考えることです。ご家族だけに治療方針を選ばせる形にしてはいけません。
署名した時点の判断が固定されやすくなります
病状、回復の見込み、療養場所、患者さんの気持ちは変わります。以前の文書があることだけを理由に、現在の希望を確かめず同じ方針を続けることはできません。意思は後から撤回したり、内容を変えたりして構いません。
署名を得ることが、話し合いのゴールになりやすくなります
書類の空欄を埋めても、患者さんが何を恐れ、何を守りたいのかが共有されていなければ、急変時の判断には十分役立ちません。「説明した」「同意を得た」という記録だけが残り、患者さんの言葉や迷い、医療者が何を続けるのかが残らないことが大きな問題です。
医療者が示す方針への同意を求める形になりやすくなります
患者さんには、医学的に可能な選択肢と、その利益・負担について説明を受け、納得できなければその場で署名せず、質問したり話し合いを続けたりする権利があります。一方、医師には、利益が見込めず害や苦痛を増やす医療を勧めない責任があります。だからこそ、「治療を希望しない」と署名するかどうかを迫るのではなく、医師が医学的判断を説明し、患者さんの価値観を聴き、双方が方針を共有する必要があります。定型書式が結論を先取りすると、自己決定を支えるはずの話し合いが、患者さんの価値観より医療者の判断を優先するパターナリズムに傾くおそれがあります。
同意書を作り直すだけでなく、日本の救急医療のあり方を考える
厚生労働省のガイドラインは、本人への適切な情報提供と説明、本人と医療・ケアチームとの十分な話し合い、医学的妥当性と適切性に基づく慎重な判断を求めています。また、本人の意思は変化し得るため、話し合いを繰り返し、その内容をその都度、文書にまとめるとしています。
もしもの時に望む医療やケアを前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取り組みは、ACP(アドバンス・ケア・プランニング、人生会議)と呼ばれます。文書の役割は、最初から用意された結論へ同意してもらうことではなく、対話の内容と判断の根拠を次に関わる人へつなぐことです。
私は救急の現場で10年以上働いてきました。患者さん本人の希望を確認できず、その意思を推定できる方もいない状況でも、医学的に救命の可能性がある場面では、まず救命を優先するのが原則です。しかし、それが患者さんの希望に反する蘇生や処置ではないかと悩んだこともありました。
高齢化に伴う医療・介護需要の増加や、救急医療の逼迫は、現在の日本が抱える大きな課題です。こうした問題は、書式を変えるだけで解決できるものではありません。ただ、日々の診療を丁寧に行い、急変をできる限り防ぎ、予測される変化や対応をあらかじめ説明・共有することは、本人の意向が十分に共有されないまま行われる救急搬送や、救急現場での混乱を減らす一助になると私は考えます。
本人が望まない医療を受けたり、ご家族が救急の場で短時間に決断を迫られたりすることをできる限り避けるため、話し合える時間があるうちに、心停止時の二択だけでなく、これから何が起こり得るのかを具体的に共有しておく必要があると思います。主治医は「何が起こるかわかりません」で終わらせず、患者さんがどこまで知りたいかに配慮しながら、予測できる経過を説明します。そのうえで、選択肢があれば利益と負担を伝え、回復が難しい時には「病気を治すことが難しくても、苦痛を放置しない」と伝えます。心停止時に心肺蘇生を行うかどうかは、心停止前の急変時対応とは分けて確認します。
提案する「治療・ケア方針・急変時対応に関する話し合い記録書」
包括型の同意書に代えて、現在の病状と見通し、患者さんが大切にしたいこと、心停止前の急変時の方針、DNAR、継続する医療・ケア、見直し時期を一枚に残す「話し合い記録書」を提案します。記録書は、WEBで見やすいようA4一枚の別紙PDFとして掲載します。

印刷したい方はこちら
これは考え方を示すための提案例です。実際に医療機関や施設で運用する場合は、施設の倫理指針、診療録の運用、地域の救急・メディカルコントロール体制に合わせて検討する必要があります。救急要請時にDNARの意思を救急隊の活動へ反映するには、地域指定の医師指示書が別に必要な場合があります。
現在の同意書と話し合い記録書の違い
現在の包括型同意書と、当院が提案する話し合い記録書の違いをまとめると、次のようになります。
もちろん、夜間や休日の引き継ぎ、主治医以外が判断する時の安全性、地域の救急体制など、運用上の課題はあります。しかし、その課題を解決するために、意味の広い同意書へ患者さん側だけが署名する形にしてはいけません。医療者が説明と判断の責任を引き受け、患者さんの言葉とともに残す書式が必要です。
病気を治す治療が難しくなった時は「できないこと」だけでなく「できること」も説明する
病気を治す治療の継続を望んできた患者さんへ、それが難しいと伝えることは、とても重い説明です。だからこそ、医師は「できないこと」だけを伝えて席を立つのではなく、その後に何を支えられるのかを具体的に伝える必要があります。
たとえば、「病気を治すことが難しくても、痛みや息苦しさを和らげる治療は続けます」「これからも主治医として関わります」「外来受診や入院が必要か迷った時は、ここへ連絡してください」と伝えることです。結果を約束することはできなくても、苦痛を放置せず、関係を終わらせないことは伝えられます。
夜間・休日に当直医が困らない仕組みや、医療者が持続可能に働ける体制も必要です。しかし、運用上の都合を患者さんやご家族へ負わせ、納得できていない同意書へ署名してもらうことで解決してはいけません。決まった書式へ人を当てはめるのではなく、その人の病状と言葉を残せる書式へ変えていく必要があります。
おわりに 治療の限界が来ても、医療は続く
現代の医療には限界があり、患者さんがどれほど願っても、病気を治すことや心肺蘇生による回復が難しい場面はあります。その事実を正直に伝えることは、医療者の大切な役割です。しかし、治療の限界を伝えることと、患者さんを見放すことは同じではありません。
病気を治す治療が難しくなっても、痛みや息苦しさを和らげ、食べられない理由を考え、起こり得る急変に備え、過ごしたい場所を支える医療は続きます。「これ以上治療を希望しない」という署名だけで終わらせず、何を続け、何を控え、何を大切にしたいのかを一緒に考える。その対話があってこそ、文書は患者さんを守るものになります。
参考資料
日本集中治療医学会「Do Not Attempt Resuscitation(DNAR)指示のあり方についての勧告」
日本緩和医療学会「緩和医療関連用語集」
厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」
日本医師会「人生の最終段階における医療・ケアに関するガイドライン」
岐阜県「人生の最終段階にある方への救急隊の活動手順の見直しについて」
全国老人保健施設協会「介護老人保健施設利用者等に対する急変時等の治療方針に関する意思決定支援にかかる調査研究事業報告書」
厚生労働省「緩和ケア」
総務省消防庁「令和6年版 消防白書 救急業務の実施状況」
執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳