コラム 2026.01.08
2025年を振り返って

2025年はむすび在宅クリニックにとって、変化に満ちた、荒波を乗り越えて進むような一年でした。3月に事業所を移転して、8月に医療法人を立ち上げ、10月からはYouTube撮影を再開しました。それ以外にも毎月、時には毎週のようにいろんな出来事があって、一話完結の漫画のように起承転結が巡りました。苦難に満ちた過酷な時期もありましたが、振り返ってみるとクリニックとして着実な成長を感じられた年でもありました。たくさんの出会いがあり、たくさんの方々に支えられて、2026年を迎えられたことに深く感謝申し上げます。
私自身の診療における最大の課題は「スピリチュアルペインにいかに向き合うか」でした。スピリチュアルペインとは、自分ではどうにもならない状況に置かれたひとが抱える葛藤や苦悩、人生の意味の問いかけです。例えば、「どうして自分が病気にならなければいけないのだろう」「死んだらどうなるのかわからなくて怖い」「いまの自分の状況を受け入れられない」「排泄ケアなどをひとに委ねなければいけないことが耐え難い」「家族を遺していくことが申し訳ない」「何のために生きていたのだろう」などといった、喪失からくる耐え難い気持ちのことです。2024年春から上智大学グリーフケア人材育成講座に入学し、スピリチュアルケアを学んできましたが、いまだにどうすればスピリチュアルペインを和らげられるのか、答えは見つかりません。
特にどうすればよいか悩んだ患者さんがいました。もう良くならないことはわかっている状況で、「眠らせてほしい」と希望される患者さんでした。鎮痛剤や麻薬など全ての薬で副作用が出てしまい、痛みなどの苦痛をとることが叶わず、その方は「生きていることがつらい」と訴えました。その方の希望する、眠らせるということが睡眠を指しているのか、安楽死のことなのかがわからず、そのまま問うと、前者の時もあれば、後者の時もありました。日本では安楽死はできませんが、ただ頭ごなしにそれを伝えるだけでは何も解決しないので、その気持ちの背景にある気持ちをお聞きし、少しでも薬物以外で苦痛を取る方法がないか模索しました。しかし、その中で、私の緩和ケアがいかに薬に頼っていたかを痛感しました。
その方にとっての一番の支えはご家族でした。ご家族は、交代で常に誰かが必ずそばにいてくれて、決して患者さんをひとりにせず、患者さんのどんなに小さな声も拾ってくれました。水を飲みたい、背中をさすって欲しい、体を横に向けて欲しいなど、多い時には数分も経たずに発せられる声に、ご家族は嫌な顔、疲れた顔ひとつせず、愛情深く対応してくれていました。それに勝るケアはないだろうと思いました。同時に、医療者としてできることのなさに、無力感でいっぱいでした。最終的には、ごく少量のモルヒネが効いて、最期の数日は穏やかに眠って過ごせました。ですが、私はいまでももっとできることがたくさんあったのではないかと悩んでいます。
スピリチュアルペインを具体的に解決できる方法はありません。解決できない、どうにもできない状況だからこそ出てくる苦痛だとも言えます。それでも、何かできることはないかと探り、諦めないことが重要だと思います。これから私が目指していく医師像は、苦難な状況でも決して患者さんの手を離さない、そして願わくば、このひとがいたらなんとなく安心すると思ってもらえるようなひとです。
そのためには、私が私自身のことをよく知り、自分自身の価値観・倫理観をしっかり持つことがまず重要だと思います。自分がないと、患者さんとご家族の怒涛のような想いに流されて、医療の軸がぶれます。軸のない医療には、誰も支えることはできません。だから、私自身がいろんなひとに出会い、考えに触れることで自分を知り、軸をさらに確固たるものにしていくこと。軸がやがて太い幹になり、深く根を張って多職種連携を図り、たくさんの枝を伸ばして、広く雨風を受け止められる存在になること。それが、これからの目標です。
高校生くらいからずっと、初詣では同じことを願っています。「つらいことがあっても、笑って笑って生きていく強さを授けてください」です。まさか、20年も同じことを願っているとは当時は思いませんでしたが、願い続けてきただけあって、いまのところそれは叶えられているような気がします。どうにもならない状況を受け入れ、それに抗うのではなく、じっと諦めずに、ひたむきに耐え忍ぶ能力をネガティブ・ケイパビリティと言います。私はつい立ち向かおう、克服しようと努力してしまう性格なのですが、スピリチュアルケアにおいてはまさにネガティブ・ケイパビリティが必要とされているのだと思います。そう考えると、高校生くらいからずっと私は、同じことを目標にしていたのかもしれません。
2026年もきっと予想外の出来事の連続で、私自身でどうにかできる問題もあれば、どうにもならない事態も発生するでしょう。それでも、私はひとりではないので歩みを進められると思います。患者さんもご家族も他事業所や連携医療機関の方々も、そして当院のスタッフも、今年もよろしくお願いいたします。

執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳