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コラム 2026.07.16

終末期の点滴は必要?やらない方がいい?<前編>

点滴を打たれながら寝る高齢者

このコラムの紹介

終末期に食べられない・飲めない状態になると、「点滴をすれば元気になるのでは」と考えるご家族は少なくありません。けれど、終末期には全身の働きが低下し、点滴がむくみ、胸水・腹水、痰の増加などをもたらすこともあります。前編では、食べることと点滴の違い、点滴の種類や補えるカロリー、研究やガイドラインで分かっていることを解説します。

はじめに|点滴は「する・しない」だけで決めるものではありません

終末期に水分がほとんど摂れなくなると、ご家族から「点滴をした方がいいのでしょうか」「点滴をしないと脱水で苦しむのでは」とご相談をいただくことがあります。
目の前で大切な人が弱っていくと、何かをしてあげたいと思うのは当然です。「食べられなくなったら点滴をするのが普通」と感じている方もいるでしょう。ご自身が胃腸炎や熱中症の時に、点滴で楽になった経験があるかもしれません。
けれど、終末期の点滴は「する方が優しい」「しない方が自然」と単純に決められるものではありません。判断の一番大きな基準は、その点滴が患者さん本人の苦痛を軽くするかどうかです。前編では、食べることと点滴の違い、点滴でできること、研究やガイドラインで分かっていることを、在宅緩和ケアの視点で整理します。

この記事で扱う点滴の範囲

この記事でいう「点滴」は、主に水分や栄養の補給を目的とした点滴です。
終末期の在宅医療では、医療用麻薬、抗菌薬、利尿薬、吐き気止めなどを静脈や皮下から投与することもあります。これらは水分補給の点滴とは目的が異なり、必要性の判断基準も異なります。ここでは、「食べられない・飲めない時に、水分や栄養を点滴で入れるべきか」に絞って説明します。

終末期に体の中で起きていること|食べることと点滴の違い

食べ物は、口で噛んで小さくなり、胃や腸で消化され、腸から吸収されます。吸収された栄養は肝臓などで処理・組み換えられ、血液に乗って、心臓を経由し、全身へ運ばれます。さらに、臓器や筋肉が届いた栄養を使って、ようやく体を動かすエネルギーになります。このように、口に入れたものがエネルギーになるまでには、多くの臓器が連携して働く必要があります。どこか一つの臓器だけで完結する仕組みではありません。
終末期には、病気の進行や加齢によって、この一連の働きが少しずつ低下します。ひとつの臓器の不調から始まり、心臓、腎臓、肝臓、筋肉など全身の力が連鎖的に弱っていくこともあります。食べられない・飲めないことは、単に口から入る量が減ったというだけでなく、体が以前と同じようには栄養や水分を受け取り、運び、使えなくなっているサインであることがあります。
終末期に食べられなくなる理由については、別のコラム「終末期に食べられなくなったら」で詳しく解説しています。

では、点滴は口からの摂取とはどう違うのでしょうか。点滴は、口・胃・腸で行われる消化・吸収の工程を介さず、糖分や電解質、水分を血管内へ届けます。皮下点滴では、皮膚の下に入れた水分が毛細血管から少しずつ吸収されますので、静脈点滴よりも水分が入るのに少し時間がかかりますが、原理は同じです。
そのため、嚥下障害や消化管の問題があっても、血液を全身へ送る心臓や、余分な水分を体外へ出す腎臓などの働きが比較的保たれていれば、点滴が体に必要なエネルギーを補充する助けになることがあります。ただし、心臓や腎臓に大きな問題がなければ、点滴を多く入れるほどよいという意味ではありません。

なぜなら、通常の水分補給用の点滴は食事と同じ栄養構成ではないこと。さらに、終末期には、血液で栄養が運ばれても臓器や筋肉がそれを十分に利用できない状態になっていることがあるからです。点滴は、消化・吸収の一部を省くことはできますが、すべての臓器の働きを代わりに担えるわけではありません。
終末期に点滴で体が対処できない量の水を入れると、手足のむくみ、胸水、腹水として体にたまり、痰や息苦しさを増やすことがあります。若い方の脱水に行う点滴と、終末期の点滴は同じではありません。

大切なのは、「水を入れれば元気になるか」ではなく、「今のつらさに点滴が役立つか。点滴そのものが緩和ケアになる状態か」を考えることです。反対に、脱水に関連すると考えられる苦痛がなく、穏やかに過ごせている時は、あえて点滴を始めるかどうかは慎重に判断すべきです。

点滴の種類と、点滴で入れられるカロリー

終末期に検討される点滴には、主に末梢点滴、皮下点滴、中心静脈点滴があります。
末梢点滴は、腕や手の血管に針を入れ、水分や電解質、少量の糖分などを投与する方法です。一般にイメージされる「点滴」はこの方法です。血管が細い方では漏れやすく、刺し直しが必要になることがあります。

皮下点滴は、皮膚の下に細い針を入れ、皮下から毛細血管を通して少量ずつ水分を吸収させる方法です。血管が取りにくい方でも検討できますが、大量の水分や高濃度の栄養を入れる方法には向きません。吸収の程度や局所の腫れによって滴下が安定しにくく、予定どおりの時間で終わらないことがある点は、在宅で行う際の懸念の一つです。局所の腫れや痛みに注意しながら行います。

中心静脈点滴は、首や胸、腕などから太い静脈にカテーテルを入れ、高カロリー輸液などを投与する方法です。末梢点滴より多くの栄養を入れられますが、感染、血栓、カテーテル管理などの負担があります。終末期に新しく始めるかは、予後や目的、ご本人の希望を含めて慎重に考えます。

ここで重要なのは、末梢点滴や皮下点滴では、水分補給はできても、栄養の投与量としてはかなり限られるという点です。高濃度の輸液は、末梢静脈では静脈炎や血管痛、血管外へ漏れた場合の組織障害につながるおそれがあり、皮下点滴も吸収率や皮膚炎の問題から高濃度の栄養投与には向きません。たとえば、末梢静脈から投与する栄養輸液には500mLで総カロリー約210kcal(うち非蛋白カロリー150kcal)の製剤がありますが、それでも1日に必要なエネルギーやたんぱく質を十分に補うことはできません。

中心静脈から高カロリー輸液を行えば、より多くの栄養を入れられますが、感染、血栓形成、血糖上昇、むくみ、心臓や腎臓・肝臓への負担などが懸念されます。「栄養を入れられる」ことと「体力が戻る」ことは、必ずしも同じではありません。

また、在宅では、点滴の種類や量だけでなく、点滴中に動けるか、針を触ってしまわないか、誰が管理するか、医師と看護師の訪問頻度や時間・費用の負担まで含めて考えます。

研究やガイドラインで分かっていること

終末期の点滴については、「何mLが正解か」「余命が延びるのか」「点滴をしないと苦しむのか」が長く議論されてきました。しかし、すべての患者さんに一律に当てはまる答えはありません。

日本緩和医療学会は、終末期がん患者への輸液について、身体的な苦痛や生命予後だけでなく、精神面・生活面、ご本人とご家族の価値観を含めて利益と不利益を考え、開始後も定期的に評価する枠組みを示しています。

NICE(英国国立医療技術評価機構)の、最期の数日間にある成人のケアに関するガイドラインも、脱水に関連するつらい症状があり、口からの水分摂取が不十分な場合には、人工的な水分補給を治療として試すことを検討し、利益があれば続け、体液過剰などの害が疑われれば減量・中止する考え方を示しています。
進行がん患者129人を対象に、1日1000mLの補液と100mLのプラセボを比較した無作為化比較試験では、脱水に関連する症状、生活の質、生存期間に明確な改善は示されませんでした。「点滴をすれば必ず楽になる、長く生きられる」とはいえないということです。
ただし、終末期の水分補給に関する研究の多くは進行がん患者を対象としており、心不全、腎不全、認知症、老衰などに結果をそのまま当てはめることはできません。

また、「500mL以下なら安全」と一律に言い切れるわけでもありません。日本緩和医療学会のガイドラインでは、生命予後が数日と考えられ、気道分泌による苦痛の軽減を目的とする終末期がん患者では、輸液を500mL/日以下に減量または中止することが推奨されています。
これは、すべての終末期患者に共通する「安全な量」を示したものではありません。量だけでなく、その方の状態と点滴の目的を見る必要があります。

ここまででお伝えしたように、点滴は「するか、しないか」を病名だけで決める医療ではありません。後編では、実際に医師が患者さんのどこを見て点滴の適応を考えているのか、ご家族の迷いに対するアドバイスも含めてお伝えします。

参考資料

・日本緩和医療学会「終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン(2013年版)」
・NICE guideline NG31: Care of dying adults in the last days of life. Recommendations 1.4 Maintaining hydration.
・Bruera E, Hui D, Dalal S, et al. Parenteral Hydration in Patients With Advanced Cancer: A Multicenter, Double-Blind, Placebo-Controlled Randomized Trial. J Clin Oncol. 2013;31(1):111-118.
・Buchan EJ, Haywood A, Syrmis W, Good P. Medically assisted hydration for adults receiving palliative care. Cochrane Database Syst Rev. 2023;12:CD006273.
・PMDA「ビーフリード輸液 添付文書(2026年5月改訂)」

執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳

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