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体験談 2025.03.17

体験談vol.9 原田紘介さんの奥さん②

・患者さんの病名:肛門管がん
・患者さんの年齢:46歳(享年)
・闘病期間:発症から逝去まで3年2ヶ月
・訪問診療を受けた期間:11日
・家族構成:奥さんと2人暮らし
・インタビューに答えてくださる方:奥さんの千里さん(33歳、自営業)
・インタビューの時期:逝去から約4ヶ月後

逝去から4ヶ月経ったいまのこと。遺族会のこと

香西:最近はどんなふうに過ごしていますか?

千里さん:彼と2人で住んでいた家を片付けて、8月末に母の入所している施設のそばに引っ越しました。最近ようやく生活が落ち着いてきて、そのせいか、いまになって彼がいないという実感が湧いてきて、気が滅入ってしまうことが増えています。

香西:それはおつらいですね。原田さんの介護をされている間、千里さんはリモートワークでお仕事をされていましたが、現在もリモートワークですか?

千里さん:そうなんです。だから、家から一歩も出ず、ひとりで過ごす日も多いのですが、いまはひとりでいると余計にしんどくなってしまいます。

香西:気持ちを打ち明けられる方はいますか?

千里さん:私の性分として、自分がつらいからといって他人の生活まで暗くしてはいけないと思ってしまい、ネガティブな話題を自分から出すのは避ける傾向にあります。だから、いまの気持ちは誰にも話せずにいます。同じような悩みを抱えているひとには伝えられるかもしれないと思うのですが、看取りや死別の経験をしている同年代の友人はいなくて。姉とは仲は良いし、よく家にも来てくれるのですが、その姉でさえ暗い話をするのは遠慮してしまいます。

香西:思い切って伝えたらお姉さんもご友人も力になってくれそうですが、もしかしたら身近な方よりも少し心理的距離がある相手の方が、気を遣わずに話せるのかもしれないですね。千里さんは当院の遺族会(第1回おむすびの会)にご出席いただきましたが、当院の遺族会はどうでしたか?

千里さん:正直に言いますと、少し想像していたものと違いました。朗らかでいい会でしたが、参加者の皆さんが落ち着いていて、楽しい思い出を語っていたので、あの場でいまの感情を吐露するのは難しかったです。もっと泣いたり、取り乱したりする方がいるような会の方が、私も一緒に泣けるのかなって思いました。

香西:なるほど。遺族会に参加する方は毎回違うため、雰囲気も会ごとに違うかもしれません。また、遺族会は安心していまの自分の気持ちを置いていける場にしたいので、どんな想いも話しやすいと思ってもらえる空気感のつくりを考えていきます。当院以外の遺族会には参加されましたか?

千里さん:まだ他の遺族会には参加していないのですが、グリーフケアについて調べて、一番気軽に参加できそうなSNSのオープンチャットに参加してみました。共通点のあるひとが集まったグループで情報交換やトークをするものです。私は似た境遇の方と話したかったので、パートナーと病気で死別した、子どものいない遺族のグループのチャットに参加しています。

香西:チャットではどんなことが話題になるのですか?

千里さん:普段のやり取りは「おはよう」などの挨拶や何気ない日常のやり取りです。歳が離れている方が多いけれど、みなさん優しいです。今度オフ会にも参加してみたいと思っています。

香西:いい仲間ができるといいですね。

千里さん:ただ話を聴いてくれたら、少し楽になれそうだなと思います。以前目上の方に彼のことを伝えた時に「共同墓地じゃなくて、お墓を建ててあげないと」とか「あなたはまだ先があるから大丈夫よ」と言われたことがあって、それは言ってほしくなかったなと感じました。

香西:その方は悪気はなく、むしろ気遣ってそう発言したのだと思いますが、千里さんの気持ちをそのまま受け止める度胸はなかったのかもしれないですね。悲しんでいるひとの話を聞くと、聞いた自分が苦しくなって自分自身の苦しさをなんとかしたくて、話してくれたひとの気持ちを明るくしようとしてしまいがちです。私も自分にそういう傾向があるので、気をつけなければいけないなと思います。あと、千里さんに今後出会いがあったとしてもそれで原田さんがいなくなったことによるグリーフがなくなるわけではないですよね。

千里さん:慰めてほしいとか、励ましてほしいとか、アドバイスが欲しいというのとは少し違うんですよね。そういう返答だと、それ以上話せなくなってしまうんです。私がいま求めているのは、気持ちを解放できる場所なんだと思います。大切なひとを亡くした孤独は経験しないとわからないものです。自然にそれを話せるような集まりが自分に必要だと思います。

香西:ご遺族からよく聞く意見として、同じ悩みを抱える仲間と話したいけれど、全く知っている人のいないコミュニティにひとりで参加するのは、雰囲気もわからないし、傷つけられたらどうしようと怖い、というものがあります。遺族会はたくさんありますが、まだまだグリーフケアを受けられる場所は足りないですね。当院で主催する遺族会以外でも、安心できる場やコミュニティがないか、あるいは連携できないか調べてみます。

後悔していること①−退院の時期−

香西:後悔していることはありますか?

千里さん:たくさんあります。まず、退院の時期です。お家に帰ってみて、先生も看護師さんもこんなに来てくれるんだって驚きました。すごく手厚いサポートを受けられたので、これだったらもっと早く帰れたのではないかって。3ヶ月も入院していて、その間に弱っていってしまったので、その時間が惜しいです。

香西:原田さんは入院中に次々とトラブルが起きて、結果的に3ヶ月の入院を要し、さらに入院した時よりも退院した時の方が悪い状態になってしまいました。振り返るともっと早く退院できたのではないかと思えても、その最中にいるときにそう判断するのは難しいことだと思います。また、当院も訪問看護ステーションも、患者さんが在宅療養を希望されたら、どんな状態であってもできる限りのことをするつもりです。ただ、どうしても病院でしかできない検査や治療があるのも事実です。原田さんが受けたような、腎ろうの造設や、イレウス管の挿入、中心静脈栄養のためのCVポートの造設がそれに当たります。そういったできることをやらずに家に帰るというのは、千里さんから聞いている原田さんの性格だと、選択しないような気がします。もっと早い時期に主治医の先生から在宅療養を勧められたとしても、治療したいからって原田さんが断ったかもしれないですね。

千里さん:確かに、彼はどんな状況でも絶対諦めないひとでした。3月に熱が出て入院して、1週間くらいで帰ってくるつもりが、全然よくならなくて。それでも不安な様子なんか全然見せなくて、常に前向きで、根拠とかないのに何をするときにも「絶対できる」って言うんです。私も「このひとならミラクル起こせるかも」と思っちゃうくらいでした。最期はこんなに早くて、彼自身があれって思っているかもしれないです。もっと前のタイミングで緩和ケアや在宅療養を勧められていたら、「まだ治療はしたいけれど、お家には帰りたいから、通院で治療して」って無茶を言い出したかもしれないです。

香西:実際、外来や短期入院で化学療法などの治療を行いながら、訪問診療を受けている患者さんもいます。化学療法の副作用やがんによる症状のコントロールは訪問診療で行う方が、通院頻度を減らせて体力を温存できるメリットがあります。訪問診療と通院を併用するケースがもっと一般的になってきたら、そういった要望にも応えやすくなりますね。そのためには病院とクリニックがもっと連携を強固にしていく必要があり、これからの課題だと思います。

千里さん:そうですね。それができたらいいなと思います。彼は退院させるのを躊躇させるような厳しい状態だったのでしょうか?

香西:原田さんはかなり厳しい状態だったと思います。腎ろう、人工肛門、中心静脈栄養、医療用麻薬、在宅酸素などの管理が必要で、医療者が家に訪問するといえど、ご家族に管理をお任せするところもあるので、千里さんの覚悟無くして在宅療養はできませんでした。原田さんに千里さんがいてくれて本当によかったと思います。

千里さん:私も不安でしたが、やっぱり彼を家に帰してあげたい一心でした。入院していてよくなっていくならまだしも、3月に入院してからは明らかに今までと違う経過で、どんどん痩せて、食べられなくて、表情が変わってきて。そんな姿を見ているのに耐えられませんでした。毎日病院に行って、ある程度自由に面会させてもらっていましたが、それでも家で一緒に過ごすのとは違いますね。彼は入院中、ここは刑務所だと言っていました。自由がない。ご飯が美味しくない。早くお家に帰って私の作ったご飯が食べたいって。それを聞いてとにかく早く連れて帰って一緒に過ごしたいと思いました。

編集:児玉紘一
執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳
対談日:2024年某月

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