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体験談 2023.10.30

体験談vol.4 藤原廣美さん(仮名)の長女さん

体験談vol.4 藤原廣美さん(仮名)の長女さん

・患者さんの病名:肝細胞がん
・患者さんの年齢:90歳(享年)
・闘病期間:診断から逝去まで約1年5ヶ月
・訪問診療を受けた期間:53日間
・家族構成:ひとり暮らしのご自宅と長女さん宅を5年前から行き来しながら生活し、徐々に長女さん宅で同居。同居家族は長女さん夫妻、お孫さん夫妻、ひ孫さんまで総勢7人。
・インタビューに答えてくださる方:長女さん(60代、専業主婦)
・インタビューの時期:逝去から約2ヶ月後

藤原廣美さん(仮名、享年90歳)は、とてもパワフルな女性。現役時代には当時は珍しかった矯正下着の会社と、海外から輸入したタッパーを販売する会社の2つを経営されていました。長男さんが33歳の時に心筋梗塞で倒れて意識の戻らぬまま寝たきりになってからは、15年もの間自宅で献身的な介護を行い、さらに途中からは肺がんのご主人と長男さんの二人を同時に介護して、見送りました。

86歳の時に肝硬変を発症し、その後に肝性脳症(肝不全でアンモニアなどの有害物質が体に溜まり意識障害を発症する病気)で何度か入院しました。89歳の時に画像検査で肝細胞がんが疑われましたが、詳しい検査や治療は希望されませんでした。その後数ヶ月の間に徐々にがんが大きくなり、肺にも転移しました。90歳の春からは発熱や呼吸困難で入退院を繰り返し、お家の中の移動にも車椅子が必要になりました。

通院も大変になってきていたので、病院の緩和ケア医からの勧めで6月より訪問診療を開始しました。その時点で右胸には胸水が溜まっていて痰混じりの咳が続き、両下肢がパンパンに浮腫んでリンパ液が毛根からじわじわ漏れ出ている状態でした。しかし、苦しい状態でも廣美さんは「なんと、足から水が出るとは!あはは」と言ってどんと構えており、笑顔を絶やさず過ごされていました。

訪問診療開始から2日後に在宅酸素を導入し、息苦しさに対して医療用麻薬を開始しました。徐々に食事が取れなくなり、眠っている時間が長くなり、ベッドから車椅子に移ることも難しくなりました。しかしそれでも廣美さんは時々冗談を言って場を和ませ、ご家族も明るく介護をされていて、いつも温かい雰囲気に包まれていました。肝細胞がんの診断から約1年5ヶ月後の夏の日に、廣美さんはご主人や長男さんの元へ静かに旅立ちました。

廣美さんの逝去から約2ヶ月後のある日、廣美さんの担当医であった香西と相談員の阿原が、廣美さんのお宅を訪ねました。そして、長女さんに在宅での介護と看取りに関して、本音でお答えいただきました。

逝去から2ヶ月経ったいまのことと、廣美さんの思い出

香西:
最近はどう過ごされていますか?

長女さん:
この数年、特にここ半年はずっと母の介護をやっていたので、母が亡くなってから空いた時間をどう過ごしていいかわからなくて困っています。遺品整理とか、母に関するいろいろな手続きとか、母のことだと動けるのですが、それ以外に何かしようっていう気持ちにはなれなくて。何か打ち込めるものとかができればいいのですが、いまは何も手につかないですね。

香西:
まだ2ヶ月しか経っていないですものね。

長女さん:
はい。全然気持ちの整理がつかないです。まだそこにいるんじゃないかって、思ってしまいます。

阿原:
私たちも廣美さんがいた部屋の扉を開けたらそこにいるような気がします。毎日通っていた藤原さんのお宅にお伺いできなくなって、寂しいです。近くを通りかかった時は、藤原さんご一家はみなさん元気かなって気になります。

長女さん:
母は介護が始まる前からずっと私の中で大きな存在だったから、その穴を埋めるのにはまだまだ時間がかかりそうです。

香西:
いま、廣美さんのことを考えるとどんな姿が浮かびますか?

長女さん:
やっぱり、元気な時の姿が浮かびます。

香西:
廣美さんは、たくましい、おもしろい方でしたね。ベッドで休まれている廣美さんに体調をお聞きした時に、「お家で過ごせて、ひ孫がそばにいて・・・」とおっしゃって、その後よかったというような言葉が続くのかと思いきや、「うるさくて!笑」と、にやっとしました。ひ孫さんにずっと耳元でポケモンの歌を歌われてお経みたいだとか、介護ベッドのリモコンを操作してベッドの高さを上げたり下げたりされて酔いそうになったとか、ベッドにも飛び乗ってくるとか、ひ孫さんの文句を言いながらも、廣美さんはとても楽しそうでした。そんな廣美さんのお言葉に笑わされましたし、家族仲がよくていいなと思いました。

長女さん:
ひ孫がいると母の声にハリが出るんですよね。やっぱり嬉しいみたいで。母はいつも家族の中心にいるひとでした。母が「あれやるわよ!」って言って、家族みんなでぞろぞろ行くみたいな流れでした。旅行にもたくさん行きましたね。

阿原:
元気な時の廣美さんにお会いしたかったです。私たちが初めてお会いした時には、廣美さんは車椅子に乗っていて、食欲が落ち、咳も出る状態でしたが、きらきらした透き通った瞳をされていて、矯正下着の会社の話や長男さんの話をたくさん聞かせていただきました。素敵な方ですよね。一番思い出に残っている旅先はどこですか?

長女さん:
ハワイですかね。母はどこに行っても豪快に笑っているひとでした。70、80代になってもなんでも食べられて、天ぷら、ステーキ、とんかつ、うなぎなどが好きでしたね。それらを一人前食べた後で、コーヒーを飲みながらケーキも食べていました。だから、糖尿病や肝硬変になって食事制限をしなければいけなかったのはかわいそうでした。

インタビュー画像

訪問診療を依頼しようと思ったきっかけと、在宅看取りを決めた理由

香西:
訪問診療を依頼しようと思ったきっかけはなんですか?

長女さん:
在宅看取りを考えていましたが、それまで母は肝性脳症や敗血症で何度も入院していたので、消化器内科の主治医からは、症状が悪化してお家で過ごせなくなった時のために緩和ケア病棟の登録を勧められていました。それで今年の春に緩和ケア科へ私と夫で代理受診した際に、緩和ケア科の先生から、「通院もできるくらいの状態の時から、訪問診療を併用して少しずつ馴染んでいったほうがよい」と言われました。また、それまでの消化器内科通院の際は本人が一緒だったので、あまり詳しい病状や予後については説明されていなかったのですが、私と夫だけだったのもあり、画像を見せながら詳しく説明してくださって、すとんと理解することができました。ああ、こんなに悪い状態なんだなってわかって、それなら先生の言うように、訪問診療を依頼した方が母に負担をかけなくていいかなって思いました。通院と訪問診療を併用するつもりでしたが、訪問診療の開始後に母の容態が悪くなって、通える状態ではなくなってしまいました。結果として、訪問診療をお願いするタイミングはちょうどよかったかなと思っています。

香西:
よいタイミングでお会いできてよかったです。どうして在宅介護・看取りを決意されたのですか?

長女さん:
母が弟と父をお家で介護しているのを見ていたから、なんとなく在宅介護のイメージはついていました。初めは自分にできるかなって不安もありましたけど、母がお家がいいって希望したから、それを叶えたいなって思いました。

香西:
準備されていた吸引器も長男さんが使用されていたものですよね。年季の入った吸引器でしたね。

長女さん:
結局母に吸引器を使う機会はなかったですけど。弟は気管切開をしていたから、母は深夜も1時間おきに起きて弟の喀痰吸引をしていました。それに比べたら、私は2時と5時に母のおむつを交換するくらいだったから全然大したことはしていないです。夫や娘も手伝ってくれましたし、ひとりで介護するのではないって言うのは大きかったですね。

香西:
十分、これ以上ないくらい温かい介護をされていたと思います。いつも詳細な経過を教えていただきましたし、本当に廣美さんのことをよくみていらっしゃるなと思っていました。

阿原:
ひ孫さん達もいたから、いつも賑やかでしたね。藤原さんのご家族はみんないつも笑顔で、どんな状況でも明るくて、お恥ずかしい話ですが、私たちの方が癒していただいていたように感じます。

インタビュー画像

介護している期間を振り返って

香西:
介護をしている間で、大変なことはありましたか?

長女さん:
特に大変だと思ったことはないですね。家族が助けてくれたから。先生も看護師さんも毎日のように来てくれていたので安心でした。息苦しさや痛みが出た時もすぐに対応してくれたので、それが長引くことはありませんでした。

香西:
ご家族の助けがあったとしても、大変と思うことがなかったというのはすごいですね。どのような制度、サービス、人材・資源があれば、在宅療養がもっと豊かなものになるでしょうか?

長女さん:
うーん、十分な気がしますね。

香西:
私はどこでもドアが欲しいです(笑)あるいは、訪問看護師さんが患者さんのお宅の上の階に住んでくれたりとか。

長女さん:
それはいいかもしれないですね。

香西:
もしなにかいいアイデアや提案が浮かんだら教えてください。
後悔していることはありますか?

長女さん:
食事制限ですね。母は糖尿病と肝硬変で長らく食事制限がありましたが、もし寿命がここまでってわかっていたら、もっと食べさせてあげてもよかったのかなって。でも、その時はわからないですものね。

香西:
治療とQOL(生活の質、人生の満足度)が対立する場合に、どの時点まで治療を優先するかは、医療者でも非常に悩む問題です。余命1ヶ月ならなどと期限で決められるものではないし、最期の最期まで病に抗いたいひともいれば、病気がわかってもQOLを重視したいひともいます。いきなり医師から食事制限をなくすとか薬をやめると言われたら、それはそれで不安になるでしょう。治療方針の決定は、患者さんの価値観に大きく左右される問題です。その辺は長く治療に関わってきた主治医とじっくり話し合って決めていくのがよいのでしょうね。

阿原:
在宅介護・看取りをして、よかったと思いますか?

長女さん:
母がそれを希望していましたから。実際、母が「お家だと、家族みんなの笑い声が聞こえて、みんな幸せだなって感じられるから、よかった」と言っていました。それを聞いて、在宅介護を選んでよかったと思いました。

阿原:
廣美さんの人生に関わらせていただいて、ありがとうございました。終末期医療においては、病気や怪我を治せるわけではないので、私たちは最終的には患者さんを見送って、ご家族の方ともお別れになります。私たちがやってきたことがどうだったのか、患者さんがお亡くなりになった後、ご家族がどのように過ごされているかをお聞きすることは、私たちの心の支えになり、これからも頑張ろうという気持ちにさせてくれます。

香西:
最後に、これから在宅介護・看取りを考えているご家族の方にアドバイスをお願いします。

長女さん:
ひとりでは介護できないから、家族や親戚を頼って、みんなでやるのがいいと思います。看護師さんにお願いできることもたくさんありますし。ひとりで抱え込まないで、ひとに頼ってください。

藤原廣美さん(仮名)写真

執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳
対談日:2023年某月

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