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体験談 2025.02.18

体験談vol.8 河上和子さんのご主人(後編)

笑顔の3人

<写真中央> 河上和子さんのご主人
<写真右> むすび在宅クリニック 院長:香西友佳(こうざいゆか)
<写真左> むすび在宅クリニック看護師

・患者さんの病名:中咽頭がん
・患者さんの年齢:71歳(享年)
・闘病期間:発症から逝去まで4年2ヶ月
・訪問診療を受けた期間:約2ヶ月
・家族構成:ご主人と2人暮らし
・インタビューに答えてくださる方:ご主人(77歳)
・インタビューの時期:逝去から約8ヶ月後

 

和子さんが在宅医療を希望されたのはどうしてでしょうか?

小さい頃に扁桃腺の手術をして、長く入院したようでその時のことがトラウマだったらしい。それに、病院のスタッフでも合う人と合わない人がいるでしょう。和子は人嫌いだから、病室に多くの医療者が出入りするのが耐えられないらしい。胆管炎の時はしょうがなく入院したけれど、本当に早く帰りたそうだったよ。

和子のお袋さんは胃がんで、12年前に緩和ケア病棟で看取った。ずっと元気だったから別々に暮らしていたんだけど、晩年の4、5年は流石に弱ってきて俺たちの家で同居していたんだ。そのうちに胃がんが見つかり、治療のできる段階じゃなくて、最期の1ヶ月くらいで緩和ケア病棟に入った。和子と俺はずっと泊まり込んで3人で病室で過ごしていたよ。お袋さんが家にいたかったかどうかはわからないけれど、和子とお袋さんは良く似ていて、似た者同士いつもすごい喧嘩していてね。だから家での介護は無理だっただろう。緩和ケア病棟も快適で良かったと思うけれど、やっぱり、家ほどには自由にできないじゃない。自由にしたいから和子は家を選んだんだと思うよ。本当にわがままだからね。

和子は誰かの作ったものを食べるのも嫌いで、他人にお勝手に入られるのも嫌だったんだ。一時期はヘルパーさんに料理をしてもらっていたんだけど、結局気に入らなくて自分で作ったり、買って来たものを食べたりしていたよ。そういうふうに自由な時間を過ごせて、家で旅立ててよかったと思う。

笑顔の男性

和子さんがいなくなってからは、ご主人はどんなふうに過ごされていましたか?

俺も和子もそんなに人付き合いがある方じゃないし、親族もいないから、葬儀は俺だけでやったよ。亡くなってから半年は何かとやることが多くて大変だったねぇ。家の中のことは全て和子が管理していたから、どこに何があるのかがわからなくて。実印すら見つからないんだから。先に死ぬとはわかっていたけれど、生前に実印はどこだなんて聞けないでしょう。探し回ってようやく引き出しの奥から見つけた。銀行口座を解約するのに何回も郵便局や銀行に行ったけれど、おかげで郵便局のおばちゃんとも仲良くなれたよ。不動産名義を2人の名義にしていたから、和子の持分を自分の名義に変えたら、どこから聞きつけたのか、家を売りませんかと何十件もの不動産屋から連絡が来たよ。あれには驚いたね。

そういう事務処理で慌ただしく過ごしている間に時間が過ぎて、最近になってちょっと落ち着いて出かけようかなという気になったから、2人で行ったところを巡ってる。福島や出雲大社やなんかね。助手席に遺影を乗せていくと、運転に気をつけなきゃなぁって気持ちになる。ペンダントの中に遺骨を入れたやつとポケットサイズの遺影はどこにでも持ち歩いているよ。2人で行って一番思い出に残っているのは、北海道。新潟から小樽まで夜中に船で行って、小樽から札幌まで車で移動して、また小樽から船中泊して新潟に戻ってくるツアーに参加した。何が良かったっていうのでもないんだけどね。

もともと料理なんかしなかったんだけど、それもできるようになった。誰もやってくれないから自分でやるしかないもんね。和子が大量に冷凍してある肉を解凍して焼いたり煮たりしているよ。半年以上も経ってるのに、冷凍の肉もまだまだあるよ。和子は俺がひとりになるってわかっていたから買い溜めしておいてくれたんだよな。肉なんて冷凍より新鮮なものの方がいいに決まってるのに。俺だってひとりで買い物に行けるし、肉だって好きなものを選べるのにね。

訪問診療がはじまって少し経ったころかな、和子が湯船から出られなくなったことがあったでしょう。足腰が弱ってきている中でも、看護師さんに手伝われるのを嫌がってひとりで風呂に入っていたんだけど、本当に弱っていたんだね。急に和子が風呂から大声で俺を呼ぶから見に行ったら、湯船から出られなくてもがいていたんだ。咄嗟に湯を抜いて引き上げようとしたけど、とても大変だった。それを覚えているから、今も怖くて湯船には入れないんだ。俺ひとりの時に出られなくなったら、どうしようって。

話を聞く女性

後悔していることはありますか?

和子は焼き物が好きで、あちこち見に行ってたんだけど、九州に有田焼を見に行きたいと言っていて、それだけは行けなかったなぁ。
あと、和子は夜眠れない時なんかにずっとテレビを観ていたんだけど、深夜のテレビ番組はテレビショッピングばっかりなんだよね。それで、指輪やら衣類やらいっぱい買って、そんなに買ってどうするんだって聞いたら、貴金属は保証書がついてるから財産になるって言うんだ。なのに、保証書と指輪を別々に保管してあるから、値打ちなんかもうわからないんだよ。最後に注文したやつは和子が亡くなってから届いたんだ。指輪は仏壇に置いて、ズボンは最期に着せてやったよ。後悔っていうのとは違うけど、和子の物がいっぱい家に溢れているから、何見てもあれこれ思い出すよ。

いまの生活を和子さんが見たらなんとおっしゃるでしょうか?

お勝手が綺麗だからいいんじゃないっていうんじゃないかなぁ。食器も洗い物かごに置いたままじゃなくて、きちんと食器棚に戻さないと怒るんだよ。ちゃんと守っているよ。

亡くなってからしばらくずっと夢に出てきていたんだけど、最近出てこなくなったなぁ。毎日仏壇に手を合わせて、月命日には必ず墓参りに行っているよ。今年はお袋さんの十三回忌があって、そういうのも和子が1年以上前から段取りして、お寺さんに渡す物まで用意してあるんだ。そういうのはきちんとしないとね。

笑顔で話を聞く女性

これからどんなふうに過ごしていきたいですか?

ずっと和子が生活の中心にいたし、いまもそうだよ。きっとこれからもね。和子のベッドだって片付けられないし。和子のことを考えない日なんかないよ。

花をよく買っているから花屋さんとも仲良くなってきたよ。友達なんかいないけど、道で会えばちょくちょく話すくらいのひとはいる。夜遅く起きてたってしょうがないから、夜は早く寝て、朝は5時に起きてる。毎日2時間散歩して、なんだかんだしていたら時間は過ぎてしまう。さみしいかって言ったら、そうでもない。だけど、連れ合いが死んで2年は気持ちがダメになると聞いたことがある。6年するとホッとするんだって。だから、2年はダメなんだと思う。

1人で過ごす生活リズムはできているよ。いまはそれで精一杯。俺もいい歳だし、先のことはよくわからないね。

手を合わせる男性

編集:児玉紘一
執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳
対談日:2024年某月

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