MENU

コラム 2026.07.27

せん妄とは?急な混乱・幻覚が出た時にできること<前編>

高齢者の手の上に手を置いて安心させる家族

このコラムの紹介

昨日まで普通に話していた方が、突然「虫がいる」「家に帰らなければ」と訴えたり、夜になると落ち着かなくなったりすることがあります。こうした変化は、体調や薬、環境の変化などによって脳の働きが一時的に乱れる「せん妄」かもしれません。せん妄は終末期に限らず、感染症や脱水、手術、入院などをきっかけに起こります。前編では、せん妄の特徴と3つの現れ方、認知症との違い、主な原因を整理し、ご家族が安心と安全を支えるためにできること、医療者へ連絡する目安を具体的にお伝えします。

はじめに

昨日まで普通に話していた方が、急に「天井に虫がいる」「誰かが部屋に入ってきた」と言い始める。夜になると「家に帰らなければ」と何度も立ち上がろうとする。長く介護してきたご家族に向かって、「あなたは誰?」「お金を盗ったでしょう」と疑うような言葉を口にする。
このような変化が突然起こると、ご家族は驚き、怖くなります。「認知症になったのだろうか」「病気が脳に広がったのだろうか」「自分の接し方が悪かったのだろうか」と考えてしまう方もいます。つらい言葉を言われ、「これが本心だったのだろうか」と深く傷つくこともあります。

急な混乱や幻覚、つじつまの合わない言動は、「せん妄」によって起きている可能性があります。せん妄は終末期だけに起こるものではありません。感染症や脱水、手術や入院、薬の影響などをきっかけに、年齢や病気を問わず起こることがあります。せん妄は、性格が変わったのでも、本性が現れたのでも、ご家族との関係が壊れた結果でもありません。ご家族がせん妄を治したり、正しい言動に戻したりする必要もありません。安心を伝え、安全を守り、普段との違いを医療者へ知らせることが、ご家族にできる大切な支えです。原因を考え、治療や薬の調整を行うのは、医師や医療者の役割です。

せん妄とはどのような状態でしょうか

せん妄とは、脳の働きが急に乱れ、周囲への注意、理解、記憶、判断、今いる場所や時間の認識などが一時的にうまく働かなくなる状態です。多くは数時間から数日のうちに始まり、一日の中でも症状が強くなったり落ち着いたりします。夕方から夜に悪化し、朝や診察の時には比較的落ち着いていることもあります。

脳も体の一部です。発熱や酸素不足、脱水、強い痛みなどで体に負担がかかると、脳も周囲の情報をうまく受け取れなくなることがあります。話の筋が通らない、質問への答えがずれる、見えないものが見える、聞こえない声が聞こえる、落ち着かず動き回るなどの変化がみられます。
一方で、眠ってばかりいる、反応が乏しい、会話が続かない、食事や薬が進まないという静かな形で現れることもあります。本人が何を話しているかだけでなく、普段との違い、症状の始まり方、時間による変化を見ることが大切です。

興奮だけではありません|せん妄の3つの現れ方

過活動型せん妄

落ち着かずに何度も起き上がる、大声を出す、点滴や酸素の管を外そうとする、家から出ようとする、見えないものを追い払うなど、周囲から気づかれやすいせん妄です。本人が恐怖や切迫感を抱いていることがあり、転倒や転落にも注意が必要です。

低活動型せん妄

ぼんやりしている、眠る時間が増える、呼びかけへの反応が遅い、会話が続かない、食事や薬を口に入れたままになるなど、活動性が下がるせん妄です。「静かに眠っている」と見過ごされやすい一方、感染症や薬の影響など、確認した方がよい原因が隠れていることがあります。
病気の進行による眠気や意識低下と、低活動型せん妄は見分けが難しいことがあります。急に変わったか、一日の中で反応に揺れがあるか、いつもの眠り方と違うかを医療者へ伝えてください。

混合型せん妄

日中は眠っているのに夜は落ち着かなくなるなど、過活動型と低活動型が入れ替わる形です。診察の時には落ち着いていても、夜間に強い混乱が起きていることがあります。医師が訪問した時の姿だけでなく、ご家族が見た経過が判断の手がかりになります。

認知症や心の病気とは何が違うのでしょうか

認知症は、多くの場合、数か月から数年かけて記憶や判断力が徐々に変化します。せん妄は、数時間から数日という短い期間に急に始まり、症状が一日の中で大きく揺れることが特徴です。
ただし、もともと認知症がある方にもせん妄は起こります。その場合は「いつもの認知症」と区別しにくくなります。以前から物忘れがあっても、急に会話が成り立たなくなった、夜だけ別人のようになる、眠気が急に強くなったという時は、せん妄が重なっている可能性があります。
見えないものが見える、疑い深くなるといった症状から、精神疾患を心配されることもあります。しかし、これまでなかった混乱が急に始まった時には、まず体の状態や薬の影響などを確認します。新しい変化を、性格や心の問題だけで説明しないことが大切です。

せん妄はなぜ起こるのでしょうか

せん妄は、一つの原因だけでなく、もともとの体の弱りや認知機能の低下に、病気や薬、環境の変化が重なって起こることが少なくありません。原因の中には、対応によって改善が期待できるものもあります。

せん妄の原因として考えられること

・感染症や発熱
・脱水、電解質や血糖の乱れ
・酸素不足、呼吸状態の悪化
・腎臓や肝臓の機能低下により、薬や老廃物が体にたまること
・脳腫瘍、脳転移、脳卒中、けいれんなど脳への影響
・痛み、息苦しさ、吐き気などの身体的苦痛
・尿が出にくい、膀胱に尿がたまっている、便秘が続いていること
・医療用麻薬、睡眠薬、ステロイドなどの薬の影響や、薬を急に中止した影響
・睡眠不足、昼夜逆転、手術、入院や部屋の移動など環境の変化
医療用麻薬を使用している方にせん妄が起きても、薬だけが原因とは限りません。脱水や感染症、臓器機能の変化などが重なっていることも多いため、自己判断で薬を中止せず、医師へ相談してください。

ご家族にできる対応|安心と安全を支えるために

せん妄の方を説得して、正しい日時や場所を答えられるようにすることが、ご家族の役割ではありません。まずは「怖くない」「一人ではない」と感じられる関わりを大切にします。

正面から近づき、短い言葉で話す

急に後ろから触れたり、大勢で一度に話しかけたりすると、驚きや混乱が強くなることがあります。目線に入り、「お父さん、〇〇だよ」「ここは家だよ」「私はそばにいるよ」と、ゆっくり短く伝えます。一度にたくさん説明せず、一つずつ話す方が伝わりやすくなります。

見えているものを強く否定せず、感じている不安を受け止める

「虫なんていない」「何を言っているの」と繰り返し正すと、本人は「誰も信じてくれない」と感じ、さらに不安になることがあります。「虫が見えて怖いんだね」「私は見えないけれど、ここにいるから大丈夫だよ」と、本人が感じている怖さに応じます。見えている世界に同調する必要はありませんが、正しさを争わないことが大切です。

刺激を減らし、安心できる手がかりを置く

昼はカーテンを開け、夜は照明を落とす。時計やカレンダーを見やすい場所に置く。眼鏡や補聴器を使う。いつもの写真、毛布、音楽などをそばに置く。こうした手がかりは、今いる場所や時間を理解する助けになります。テレビをつけ続ける、大勢が出入りする、何度も質問するなど、刺激が多すぎる環境は避けます。興奮が強い時は、声をかける人を一人に絞り、安全を確認しながら少し距離を取ると落ち着くこともあります。

転倒やけがを防ぎ、力ずくで押さえ込まない

ベッド周囲の物を片づけ、足元を明るくし、必要であればベッドを低くします。歩こうとする方を力ずくで押さえ続けると、恐怖や興奮が強くなり、ご家族もけがをすることがあります。危険を防ぐことが難しい時は、ご家族だけで抱えず医療者へ連絡してください。

起きたことを見たまま伝え、必要な時は早めに連絡する

ご家族がせん妄かどうかを判断する必要はありません。「昨日の夕方から、亡くなった母がいると言う」「夜中に何度も起き上がり、朝は眠っている」「薬を変更した翌日からぼんやりしている」というように、始まった時期と実際の様子を伝えてください。可能であれば、安全を確保したうえで短い動画を撮っておくと、診察時には落ち着いている場合の参考になります。

次のような時は、次回の診察を待たずに医療者へ相談してください

・数時間から一日ほどで、会話や反応が急に変わった
・幻覚や思い込みで強く怯えている、眠れない、苦しそうにしている
・何度も立ち上がる、外へ出ようとする、管を抜くなど、安全を保てない
・発熱、強い痛み、息苦しさ、嘔吐、尿が出ない、便秘など他の症状がある
・けいれん、片側の手足の動かしにくさ、急なろれつの回りにくさ、頭部打撲がある
・薬や水分をほとんどとれず、必要な薬を使用できない
・ご家族だけでは見守れない、怖い、今夜を乗り切れないと感じる
生命に関わる急変や大きなけがなど、直ちに処置が必要と思われる時は119番を利用します。在宅療養中の方は、病状や事前の方針によって、救急車を呼ぶ前に訪問診療へ連絡する場合もあります。落ち着いている時に、夜間の連絡先と急変時の方針を確認しておくと安心です。

ご家族も休み、見守りを交代する

夜間のせん妄が続くと、ご家族は眠れなくなります。眠らずに見守り続けることを、愛情の証にしなくて大丈夫です。訪問看護の利用、家族内での交代、短期入院やレスパイトなどを相談してください。「もう家族だけでは難しい」という言葉も、治療や療養場所を考えるための大切な情報です。

避けたい対応

・「今日は何日?ここはどこ?」と、試すような質問を何度もする
・見えているものや思い込みを、強い口調で否定する
・「しっかりして」「迷惑をかけないで」と叱る
・大勢で囲み、一度に説明や説得をする
・危険な行動を、ご家族だけで力ずくで止め続ける
・眠気や混乱を心配して、医師の指示なく薬を中止・追加する
疲れが重なると、つい強い口調になってしまうこともあります。それでご家族がせん妄を起こしたわけではありません。うまく対応できなかったと自分を責めず、難しい時ほど医療者へ助けを求めてください。

前編のまとめ|正しさを取り戻そうとしなくても大丈夫です

せん妄は、本人の性格が変わったためでも、ご家族の接し方が悪かったためでもありません。ご家族がすべての原因を見つけたり、混乱を完全に止めたりする必要もありません。いつもと違う変化に気づき、短い言葉で安心を伝え、安全を守ること。それだけで十分に大きな支えです。見守りが難しい時や、ご家族が怖い、今夜を乗り切れないと感じる時も、ためらわず医療者へ相談してください。
後編では、医師・医療者が行う原因の評価や治療、人生の最終段階に起こる終末期せん妄と、いわゆる「お迎え現象」についてお伝えします。

執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳

トップ/スペシャルコンテンツ/コラム/せん妄とは?急な混乱・幻覚が出た時にできること<前編>