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コラム 2026.07.09

終末期に食べられなくなったら<後編>

介護ベッドに寝る老人と手を握る女性

このコラムの紹介

終末期に食べる量が減ると、薬や点滴、経管栄養を始めるべきか迷うことがあります。一方で、体の状態によっては、水分や栄養を増やすことが苦痛につながる場合もあります。後編では、食欲不振に使う薬、食べられなくなってからも大切な口腔ケア、点滴・経管栄養の考え方を整理します。さらに、食べられない患者さんのそばで家族が食事をしてよいのかなどご家族の悩みにお答えし、ご家族にできる支えについてもお伝えします。

食欲を上げる薬について

食欲が落ちている時には、薬で改善できる場合もあります。吐き気があれば吐き気止め、便秘があれば下剤、痛みがあれば痛み止め、胃の動きが悪ければ胃腸の動きを助ける薬を使うことで、食べやすくなることがあります。
がん悪液質に対して、食欲や体重減少に働きかける薬が使われることもあります。日本では、アナモレリン(エドルミズ®)という薬が、一部のがん悪液質に対して使われます。ただし、すべての患者さんに使える薬ではありません。対象となるがんの種類、全身状態、予後、心臓や血糖への影響などを踏まえて判断します。
また、ステロイドを短期間使うことで、食欲や倦怠感が一時的に改善することもあります。一方で、長く使うと筋力低下、感染、血糖上昇、せん妄、不眠などの副作用が問題になることがあります。
大切なのは、「食欲を上げる薬を使えば必ず食べられるようになる」と考えすぎないことです。薬が役に立つ時期もありますが、終末期が進むと、効果よりも副作用や内服の負担が大きくなることがあります。

口腔ケアは、食べられなくなってからも大切です

食べる量が減っても、口腔ケアはとても大切です。食べる量が減ると唾液も減り、口の中が乾きやすくなります。乾燥すると、口の中がねばつく、舌に汚れがつく、口臭が出る、痛みが出る、薬が飲みにくい、水分でむせやすいといったことが起こります。
口腔ケアの目的は、歯をきれいにすることだけではありません。口の中を潤し、痛みや不快感を減らし、会話や呼吸を少しでも楽にすることです。

・無理のない姿勢に整え、顔を横向きにする、または少し起こす
・まず口の中を観察し、乾いている時はスプレー、ガーゼ、スポンジブラシなどで湿らせる
・やわらかい歯ブラシやスポンジブラシを使い、強くこすらない
・うがいができる場合は、刺激の少ない常温の水などでうがいする
・うがいが難しい場合は、湿らせたスポンジブラシやガーゼでやさしく拭く
・舌、頬の内側、上あごも、無理のない範囲で拭く
・最後に口腔保湿剤を薄く塗り、唇にはワセリンやリップなどを塗る

飲み込む力が弱くなっている時は、口腔ケア中の水分でもむせることがあります。スポンジブラシやガーゼは軽く湿らせる程度にして、喉の奥に水が垂れ込まないようにしましょう
口の中に白い苔のようなものがついている、出血する、強い痛みがある、口臭が急に強くなった、飲み込みにくさが急に悪化した場合は、医師・看護師・歯科に相談してください。

点滴や経管栄養をすればよい、とは限りません

食べられなくなってくると、「点滴をした方がいいのでは」「栄養を入れないと、かわいそうではないか」と心配になるご家族は少なくありません。
ただ、終末期では、点滴や経管栄養が必ずしも楽につながるとは限りません。体が水分や栄養を処理しにくくなっている時期に多くの水分を入れると、むくみ、痰の増加、胸水や腹水の増加、息苦しさにつながることがあります。
もちろん、点滴が役に立つ場面もあります。薬を使うため、脱水による症状を和らげるため、一時的な回復を期待できる時などです。大切なのは、「食べられないから必ず点滴」ではなく、患者さんにとって楽になる可能性があるか、負担が増えないかを見極めることです。
口の渇きがつらい時も、点滴だけが答えではありません。口の中の乾燥、口呼吸、薬の影響、唾液の減少による口渇には、口腔ケアや保湿の方が直接つらさを和らげられることがあります。

食べられない患者さんの前で、家族が食事をしてもいいのか

「本人が食べられないのに、家族だけ食事をしてもいいのでしょうか」と相談されることがあります。これは正解が一つではない、とても繊細な問題です。
患者さんによっては、食べ物のにおいがつらく、家族の食事を見ることもしんどい場合があります。その時は、別の部屋で食べる、においの強いものを避ける、換気をするなどの配慮が必要です。

一方で、家族がそばで普段通りに食事をしていることに安心する患者さんもいます。「自分のせいで家族の生活まで止めたくない」「みんなが食卓を囲んでいる気配がある方が落ち着く」と感じる方もいます。
迷う時は、「ここで食べても大丈夫ですか」「においはつらくないですか」「少し離れた方がいいですか」と聞いてみてください。患者さんの体調に配慮しながら、ご家族自身の生活も守ることが大切です。

食事は栄養摂取の手段だけではありません

私たちは、食事を「栄養をとること」と考えがちです。もちろん、食事は体を支える大切なものです。けれど、終末期の患者さんとご家族を見ていると、食事はそれだけではないと感じます。
食事は、生活のリズムであり、家族の会話であり、誰かを思って作る時間です。季節を感じることでもあり、その人らしさがあらわれるものでもあります。朝はパンが好きだった、甘いものには目がなかった、お正月のお雑煮を楽しみにしていた。そうした一つひとつが、その人の人生の記録です。
終末期には、今までのように食べることは難しくなるかもしれません。それでも、これまで一緒に食べてきた時間は消えません。好きだった料理の話をすること、香りを少し感じてもらうこと、同じ食卓の空気を共有することも、支えの一つになります。
食べられた量だけで一喜一憂するのではなく、味や香り、会話、同じ場にいる安心感を大切にできると、食事の時間は最後まで穏やかな希望になります

食べられなくなってからもできること|家族のせいではありません

終末期に食べられなくなると、ご家族はどうしても自分を責めてしまいます。「もっと早く工夫していれば」「もっと好きなものを作ってあげれば」「もう少し食べさせていれば」「点滴をしていれば」と考えてしまうことがあります。

けれど、食べられなくなることは、病気の進行に伴う自然な変化であることが多く、ご家族の努力が足りなかったからではありません。ご家族が悩むのは、それだけ大切に思っているからです。食べてほしいと願うのは、生きていてほしいと願う気持ちそのものです。その思いを否定する必要はありません。
ただ、患者さんの体が食べ物を受けつけにくくなってきた時には、「食べる量を増やすこと」から、「苦しくなく過ごせること」へ、少しずつ目標を移していくことが必要になります。終末期の食事は、量ではなく安心です。完食ではなく心地よさです。その人らしい時間です。

食べられなくなってからも、できることはあります。口を潤すこと、口腔ケアをすること、唇を保湿すること、好きな味を少しだけ試すこと、食事の時間を責める時間にしないこと、「残しても大丈夫」「そばにいられるだけでいい」と伝えること。どれもその人を大切にするケアです。

まとめ

終末期に食べられなくなることは、ご家族にとってとてもつらい変化です。けれど、それは多くの場合、病気の進行に伴う自然な体の変化です。
食べられない時期に大切なのは、無理に食べさせることではありません。患者さんが苦しくないこと、安心できること、口の中が潤っていること、そして食事にまつわる大切な時間を穏やかに守ることです。
「食べさせられなかった」と責めなくて大丈夫です。その人を思い、悩み、寄り添ってきた時間そのものが、すでに大切な支えになっています。

むすび在宅クリニックでは、終末期の食事や口腔ケア、点滴・経管栄養の必要性、食欲不振への薬の使い方についても、ご本人とご家族の気持ちを伺いながら支援します。医師だけでなく、歯科医師、歯科衛生士、管理栄養士、言語聴覚士とも連携し、患者さんの「食べたい」をできるだけ安全に支える方法を探ります。
食べられなくなってきた時こそ、どうすればその人にとって穏やかな時間になるのかを、医療者と一緒に考えていきましょう。

執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳

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