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体験談 2025.12.22

体験談vol.29 川本義之さん(仮名)の次女さん<後編>

体験談vol.29 川本義之さん(仮名)の次女さん<後編>

・患者さんの病名:胃がん
・患者さんの年齢:91歳(享年)
・闘病期間:発症から逝去まで1年8ヶ月
・訪問診療を受けた期間:1年3ヶ月
・家族構成:次女さんと2人暮らし。都内に長女さん家族在住
・インタビューに答えてくださる方:次女さん(良子さん)
・インタビューの時期:逝去から7ヶ月後

義之さんはどんなに体調が悪い時も頑張ってお店を開けようとしていましたが、その背景にはどんな思いがあったのでしょうか?

お客さんに対しての真心だと思います。父は常にお客さんのことを考えていて、せっかく来てくれた時に店が開いていなかったら申し訳ないと思っていたようです。誰も来なくても営業時間内は開けておかないと、という責任感が強くて、若い頃から「店があるから」と親戚の集まりなども遠慮していました。

亡くなる何ヶ月か前から、父と一緒にお店に出ていたのですが、父のお客さんへの接し方がとても丁寧で驚きました。それがお金につながるかどうかではなくて、お客さんが大切にしている時計だから、自分の培ってきた知識や技術を総動員して見ていました。父には対応できない時計だとしてもできる限りのアドバイスをしていました。私がお客さんだったら、こんな接客をされたらまたこの店に来ようと思うだろうなと感じました。
父は亡くなる3日前にも1時間お店を開けたんです。到底真似できないなと思いました。

家で介護をしていて、一番大変だったのはどんなときでしたか?

12月からの3月の間の、義之さんがあまり眠れなくなって、夜中に頻繁に起きてしまっていた頃です。私も義之さんのことが心配で横になっても眠れず、睡眠不足でした。
義之さんの気持ちが不安定になり、死にたいとか、もういいというようなことを1日中話していて、日中もひとりにしておけないような状況でした。洗濯物を干しに行って数分目を離した隙に義之さんが家からいなくなり、近所を探し回ったら線路に向かって歩いていました。「どこに行くの?」と聞いたら「線路に入って死のうと思う」と泣きべそをかいて、「ダメでしょ!」と言いながら連れ戻しました。そういうことが何回かありましたが、諭したり、本人の理解できるように説明したりしたら、一旦は納得してくれたので、父が91歳になっても聡明で考える力のある人でよかったなと思いました。

在宅介護、看取りを経験してどんなお気持ちですか?

当時は、いつまで続くかわからない介護生活に疲れを感じたときもありましたが、いまとなっては、義之さんと一緒に過ごせてよかったなと思います。介護休暇をとってずっと義之さんと一緒にいた3ヶ月間の間に、一緒に時計店を開けてお客さんの対応をしたこともいい思い出ですし、父がどういうふうに仕事をしているかを見られてよかったなと思います。最後に一緒にできたことがすごく楽しかったです。家にいることで、お店を開けるという義之さんが一番やりたいことを叶えることができたので、本当にいい時間だったと思います。

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後悔していることはありますか?

後悔はあまりありません。最期の日は入院を予定していた当日に体調が崩れたので、家にいたいんだなと思いました。家にいさせてあげようって姉とふたりで決めたら、血圧が戻りましたよね。そんなことってあるんですね(笑)義之さんらしいです。入院させず、家で看取ることを覚悟してよかったなと思います。

姉と話していたのですが、もっと早くにがんが見つかっていれば、もう少し長く生きられたのかなと気になりました。でも、香西先生から「病気が見つかったら病人になってしまいます。健診で貧血を指摘される少し前まで何も症状はなかったのだし、義之さんはもっと早い時期でも胃カメラなどの検査や手術を希望しなかったかもしれないし、これが一番いい経過だったんじゃないかなと思います」と伝えられて、その通りかもしれないなと思いました。精神的な不安定さはあっても痛みなどの体の苦痛はほとんどなく過ごせて、義之さんがずっと言っていた「死ぬまで時計店をやりたい」という願いを叶えられてよかったと思います。父がやってきたことが形になり、いまも父の時計がどこかで時を刻んでいるのはすごいことだなとしみじみと感じます。

先日、私の行きつけの美容院に髪を切りに行ってきました。そこの美容師さんには父の介護や時計店の話を以前からしていて、美容師さんに父が亡くなったことを伝えたら、「懐中時計の在庫があったら買うから持ってきて」と言われ、「見なくていいの?」と聞いたら、「どういう物かじゃなくて、義之さんの時計だから欲しいんだ」と言っていただきました。
懐中時計をお譲りするには電池交換が必要で、適当に調べて近くの時計店を訪ねたら、そこの店主の知人が以前父と同じ時計店で働いていたことが判明し、話が盛り上がりました。いろんなところで義之さんのつながりが生きているのだなと感じました。義之さんのようにプライドを持って時計を扱っている時計工の方々にお会いして、父の面影に触れたようで、温かい気持ちになりました。
義之さんは顔の見える関係を大切にしていて、お客さんのことを思いながら時計を修理していたのだと思います。ただ修理するのではなく、そこを大事にするから、たくさんのお客さんに慕われて、60年以上の間、時計店を続けて来られたのだと思います。

父は自分で修理ができない時計でもお客さんに依頼されたら預かって、御徒町の知人のお店に持っていっていました。そこは郵送でも対応してくれるのですが、父は「これはお客さんから預かったものだから、もし郵送中に何かあったら大変だから、自分で持っていって、取りに行かなきゃダメだ」と頑として譲りませんでした。最後の方は私や姉が付き添っていたので、修理代よりも電車賃の方が高くついてしまっていましたが、お金のためではなく、お客さんのために頑張る父はかっこよかったです。

いま義之さんになんと伝えたいですか?

ここまで育ててくれて、ずっと一緒にいてくれてありがとうと伝えたいです。義之さんが今日の話を聞いていたら、「オナラの話なんてするな」と言われそうですね(笑)
義之さんは「これからは自分の好きなようにしていいよ」と言ってくれるんじゃないかなと思います。いま頃、母とゆっくり過ごしているんでしょうね。羨ましいです。

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良子さんはこれからどんなふうに生きていきたいですか?

義之さんが時計店をやっていた自宅1階のスペースはギャラリーにしようと思っています。義之さんを懐かしんでくれる近所の方々が集える場所にしたくて、私が描いた義之さんの絵を飾りたいなと思っています。義之さんの柱時計は、もう動かないのですが、遺しておきたいです。ギャラリーができたらぜひお立ち寄りください。
義之さんはこの場所で50年以上時計店をやっていましたから、いろんなつながりがあります。義之さんが徘徊してしまった時には、近所の方々にも助けていただきました。義之さんは毎日散歩をしていたから、顔を覚えてくださっている方々もたくさんいます。そういうつながりを大事にしていきたいなと思います。

私はいま60代で、これからひとりでどうやって生きていくか考えていかなければいけないなと思います。病気になることが一番心配ですが、もしそうなったとしてもできれば入院せずに過ごせたらいいなと思います。体が自由に動けるうちに、やりたいことをたくさんやりたいなと思います。父と母と過ごしたこの場所で、生きていきたいと思います。

義之さんから秘密にしておいてほしいと言われていたことで、良子さんにお伝えしたいことがあります。

香西:訪問診療が始まって3ヶ月たった頃、義之さんに「良子が書いた日記を読んでしまったら、そこに私ががんだと書いてあった」と相談を受けたことがありました。義之さんはがんだということにショックを受けていたのではなくて、そのことを自分に言わずに良子さんがひとりで胸に抱えて、ああでもない、こうでもないといろいろな思いを書いていて、そこまで悩ませてしまったことが申し訳ないと言っていました。自分が日記を読んでしまったことを良子さんが知ったら、そのことで新たな心労を与えてしまうから言えないのだけれど、こんなに想ってくれている良子さんに自分はどうしたらいいんだろうと、義之さんは言っていました。それを聞いた時に、義之さんと良子さんはお互いに想い合っていて、普通の親子を超えた関係性なんだなと思いました。

良子さん:え?そうなんですか?そんなことがあったとは全然知りませんでした。

香西:義之さんから言わないでと言われていたので、今日まで伏せていましたが、もう時効かなと思い、伝えてしまいました。お互いにこれを言われたら相手がどう思うんだろうと考えて、気遣い合っているところに、真の愛情を見た気がしました。聞いた時には胸が締め付けられるような感じがしました。

良子さん:もう時効ですね(笑)そんなこと言っていたんですね、可愛らしいなぁ。

香西:日記を勝手に読んじゃうんだとは思いましたけどね(笑)がんという病名にショックを受けておられる様子はあまりありませんでした。がんということを知って、自分がどうなるかよりも、「良子さんをひとりにしてしまう」ということが心配で心配でしょうがないと、これは病気が進んでからも何度も言っていました。

良子さん:小さい頃から良子、良子と心配されて、大事にされてきたから、父とはそういうものなのだと思っていましたが、いま身に染みて、本当に義之さんの娘でよかったなと思います。

絵

編集:児玉紘一
執筆・文責:むすび在宅クリニック院長 香西友佳
対談日:2025年某月

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